召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
M Mの慰安旅行: 霧島編 (第3幕)
離れの中へ戻ると、外の霧は障子の向こうに閉じ込められた。の灯りが揺れ、室内は先ほどよりも狭く感じられる。誰からともなく、深く息を吐いた。
「......思ったより、湯が効いてんとちゃう?」
物部かすみがそう言って、座椅子に腰を下ろす。声は明るさを保っているが、どこか探るような響きがあった。
「効きすぎ、って感じもしなくはないですが」
神室霊華は障子の方を一度だけ見やり、かすみの正面に腰を下ろした。
「外、見えへんかったな。
露天に入る前より、
ずっと霧が濃くなってたんちゃう?」
かすみの言葉に、神室霊華が小さく頷く。そして
「そうですね......でも、山であり、温泉もある訳で、
こういうこともあるのではないでしょうか?」
その「あるのではないでしょうか?」は、確認というより自分に言い聞かせているようだった。とその時、ラハニ・カヤンが、少し遅れて口を開く。
「......ココハ、ニナルマエニ、ガ、
ニナルバショデス!!」
誰もすぐには返事をしなかった。否定するほどの材料もなく、肯定するほど確信もない。そんな女性陣3人に対し最神玲は不思議そうな表情を漂わせていた。そこで誰にともなく何があったのかを尋ねて、そのまま視線を外に向けた。
「まあ、僕もちょっと入って来るから、
その時に何があるのか確認してみるよ」
と言いおいて、玲も浴衣を手にして露天風呂に直行した。それから20分程して、玲は何事もなかったかのようにそのまま離れに戻って来た。
「ま、何かよく分かんないけど、
今は考えても仕方ないかな。
それよりも、もうじき晩御飯だよね」
僕お腹空いたよ、と緊張感のない言葉がそのまま口から出た玲である。確かに今ここで考えても答えが出る訳でもなく、4人は再び各自の過ごし方をしたのだった。
しばらくすると、控えめなノックがあった。玄関の引き戸を開けると、先ほどの仲居が、静かに頭を下げる。
「お食事のご用意が整いました」
早速居間の一角に、手早く、しかし音を立てずに膳が運ばれていく。座卓の上に膳を全て並べ終えた頃には、部屋の空気が湯の匂いから食の匂いへと変わっていた。
の夕餉は、見た目にも派手ではない。だが一品一品が、土地と季節を強く感じさせるものだった。先ず目の前に置かれた先付は、白い器に盛られたとの和え物。ほのかに柚子の香りが立ち、口に含むと、霧島の冷えた空気を思わせる清涼感が広がる。その隣には椀物があり、蓋を取ると、湯気とともに鰹と昆布の澄んだ香りが立ち上った。中には、地鶏のつみれと、薄く削いだ大根。滋味深く、体の奥に静かに染み渡る。
「あ~、何やろ、優しい感じの味わいやね~」
「そうですね、この先付と言い椀物と言い、
この土地の食材で作られている料理は
どれも優しい味わいですね」
「コンナニホンショク、タベタコトナイデス。
スゴクオイシイデス」
「うんうん、確かに派手さは無いけど、
一品一品手が凝っていて、
しかもどれも美味しいんだよね~」
4人がそれぞれ感想を口にしていた。それからお造りとが並べられた。ちなみに、ラハニを除く3人は、今は地元産の冷酒を飲みながら料理を堪能している。ラハニは妊娠中のため温かいほうじ茶にしている。そして早速かすみは、黒石の皿に盛られた川魚と海魚が並ぶお造りに手を伸ばした。特に海魚はこんな山に近い宿でありながら、鮮度は驚くほど高い。添えられたは、鼻に抜ける辛さが鋭く、眠気を完全に払った。
「うわー、山葵がつんと来るー!!」
と自分の鼻を摘まみながらかすみは騒ぎ出すが、それでも箸を休めることは無かった。一方、神室霊華と玲は強肴に手を伸ばしていた。ここの強肴は里芋と地野菜の含め煮である。派手さはないが、出汁がしっかりと染み込み、箸が止まらない。
「そう言えば、昨年は師匠が強肴のことを
仲居さんに尋ねてらっしゃいましたね」
「確かそうだったね。お陰で僕も
強肴が何なのか勉強になったけどね」
とかすみのことを引き合いに出しながらそんな会話を楽しんでいた。そんな2人に対しラハニがキョトンとしていたので、神室霊華はこれはお酒のツマミみたいなものです、と言うことを説明した。すると
「アー、ワタシモ、オサケノミタイデス!!」
と頬を膨らませながら嘆いていた。残念ながら今年は我慢してもらうしかない。
その後熱々の焼物が並べられた。それは溶岩石で焼かれた黒豚の分厚いステーキである。脂は軽く、噛むたびに甘みが広がる。焦げ目の香ばしさが、霧と硫黄の匂いを一瞬忘れさせた。
「うわ~、何やねんな、この豚ちゃん。
めっちゃやっこくて美味しいがな!!」
とかすみは頬に両手を添えてご満悦な表情を湛えていた。その時玲が
「かすみ、そんな豚ちゃんなんて言うと、
食べ難いじゃないかよ!」
とかすみにクレームを入れた。するとかすみは
「はぁ?なんなん、玲。
ほなうちが玲の分食べたるがな!」
と言いながら玲の黒豚に箸を伸ばしてきた。玲は急ぎかすみにとられないように片手で覆いだした。そんな玲とかすみの小芝居を眺めていたラハニは、手を叩いて笑っている。
やがて最後の食事となった。それは、土鍋で炊かれた白米である。蓋を開けた瞬間、湯気とともに米の甘い香りが立ち上る。香の物と、火山灰を思わせる黒い器に盛られた味噌汁が添えられている。どの料理も、主張しすぎない。だが、山の力を借りて、確実に人を満たす料理だった。
食事が進むにつれ、体の芯にあった緊張が、少しずつほどけていく。だが、障子の向こうでは、霧が静かに、なおも濃くなっている。夕餉の温もりと満足感の裏で、仲居の言葉が、じわりと意味を帯び続けていた。
——夜になりますと、
霧が今よりずっと深うなります
今はまだ、穏やかな夜の始まりにすぎなかった。
食後はかすみのささやかな誕生日会が開かれた。本来かすみの誕生日は数日前に終わっていた。だがM Mのメンバーは、今日ここで簡単な誕生日会を開催することにした。神室霊華は早速ダイヤのネックレスをかすみに贈った。
「うわー、霊華さん。これあかんって、
めっちゃ高いんちゃうの!?」
とかすみが驚くように、宝石の価値を知らない玲が見ても、3桁万円行くのは確かだと思われた。一方玲はと言うと、実はラハニと一緒にロムリアのお洒落リュックをプレゼントした。やはり毎年かすみの誕生日プレゼントは非常に高価になっており、そのことを心配した玲がラハニに話を持ち掛けたのだった。
「ところで師匠、またロムリアから
何か贈られたんですか?」
と神室霊華が何やら期待を込めた目をしながらそう尋ねるが、そう、毎年ロムリアから高価な衣装やドレスがかすみにプレゼントされるのだ。そして今年も
「えっ、えぇー、まぁーねー。
また貰いました!!」
とかすみは照れながらそう答えるが、そうなるとやはり女性陣は何が贈られたのか気になるようで、かすみは早速自宅に転移して取りに行った。そして直ぐに2つの箱を手にして戻って来たかすみは、1つ目の箱を開けた。そこには夜の森を思わせる深緑のスレンダーラインドレスが収まっていた。しかも光の当たり方によっては黒く見えたりもする。シルエットはウエストを強調し過ぎない、自然な感じで落ちるようになっている。また背中が浅く開いているため、そこに視線を惹きつけられる。そしてもう1つの箱には、色はアイボリーで上層は透け感のあるシフォン、内側は上質なシルクサテンとなっているAラインのレイヤードレスである。更にこちらは胸元に細かなプリーツが施され、肩はノースリーブとなっており、全体として儚くも気品のある一品となっていた。神室霊華とラハニは、うっとりした目でかすみのイブニングドレスを眺めている。ちなみにこれ以外には、普段使い出来るカジュアルなジャケットやスカートなどが一緒に贈られていた。何時ものことながらかすみの為にここまでしてくれることにかすみだけでなく玲も感謝している。早速2人でロムリアの現社長のエレナ・ニールバウムにお礼のメールを出すことは忘れていない。そしてもう直ぐ地球に召喚されるタチアナにもかすみはお礼の品を贈る計画を立てている。
さて、夜も更けた所で特に何もすることが無くなった4人は、一度外に出てみようかと言うかすみの提案で、濃い霧の中を出掛けることにした。
「うわー、まじやっば!
なんなん、この霧は!」
「霊界か!」とかすみは早速ツッコミを入れた。だが、かすみのツッコミも分かる訳で、とにかく数歩先が見えないのだ。特に昼間とは違い、夜は霧そのものが暗さを持っており、まさに霊界そのものにしか思われないのだ。この状況だと、正直灯りを持っても恐らく意味はなさないだろう。もっともここにいる4人は先程かすみが転移した時に使用した転移門マーカーを辿れるので、どんなに迷っても離れに戻ることは出来る。それでも、やはりこの霧には何かしらの意味と言うか魂胆を感じてしまう。そのとき
「なぁ、ここでかくれんぼしたら
絶対分からへんやろなー」
などとかすみがけたことを口にした。もしかして本気でかくれんぼをしようと考えてないよな、と玲は念のためにかすみに確認すると、「やったところで、うちらならどこに隠れてるか分かるやろ!」と突っ込まれてしまった。そう、これはかすみの何時ものボケであったのだ。ただ玲からすると
“かすみの奴、こんな状況でよく
ボケたりできるよな”
であろうか。だがかすみからすると、いつでもボケとツッコミは忘れないようにしており、それにより変な緊張感を出さずに済むという利点があったりする。それよりも、この霧の中をどこに向かうかとなると
「師匠のかくれんぼ以前に、
この霧の中で何か出来るんでしょうか?」
と神室霊華は呟いた。するとかすみが再び
「円空を呼んだら出てきたりしてな!」
などとボケを連発してきた。全く、かすみは怖いもの知らずなのか何なのか、玲はほぼ呆れていた。ただ何れにしても、この霧の中を歩き回っても何も見えない以上どうしようもないため、
「僕はもう一度露天風呂に入ってから
寝ることにするけど、皆さんどうします?」
と女性陣にそう尋ねた。女性陣からすると髪をまだ洗っておらず、洗顔もしたいということで、先に露天風呂に入ることにした。その後玲が入れ替わりで露天風呂に入り、寝る準備を整えてから床に就いたのは、何時もより少し早めの就寝時間である午後11時であった。