召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
M M心霊ファイル13: 心霊悪徳商法 (第1幕)
9月のある平日の午後。東京都心部は30℃を越える真夏日が続く中、ここ神室霊華の邸宅は、豊かな自然に囲まれているお陰で、都心よりも数℃は気温が低い。とは言え、やはり暑いことには変わらない。こういう日には、やはり涼しく快適な何時もの別荘で過ごすのが一番なのだが、残念ながら今日は来客があるため、その願いは叶わない。
「お待たせして申し訳ありません」
と神室霊華は、何時もの仕事着ではなく、黒のロングワンピース姿で自宅の応接室に現れた。彼女の装う黒いワンピースは薄手で、窓から差し込む午後の日差しを柔らかく受けていた。そんな神室霊華の登場をうっとりとした表情で眺めているのは4人の黒のサマースーツ姿の男女である。この場面だけ切り取ると、これから誰かの葬儀にでも参列するのか、それとも法事に出席するのかと思わずにいられないが、神室霊華を除くこの部屋の全員、何時も通りの格好である。そして神室霊華が部屋に入るや、4人の男女はスッとソファーから立ち上がり、神室霊華がソファーに落ち着いたところで改めて挨拶を始めた。まず最初に
「神室霊華様、先日の公衆電話の件では
大変お世話になりました」
と深々と頭を下げて神室霊華にお礼を伝えるのは、霊能力者のである。そして正門以下、神室霊華に挨拶を行ったのは、その道では名の知れたベテランの霊能力者達である。そしてこの4人の霊能力者達がなぜ揃って神室霊華の元を訪れたのかであるが、実はある共通した悩みを抱えているという。
「神室霊華様、最近モルタと名乗る
霊能力者のことを耳にされたことは
ございませんでしょうか?」
と正門は単刀直入に神室霊華に尋ねるも、神室霊華はそのような霊能力者の名前を耳にしたことは無く、ただ「いいえ、存じ上げませんが」と言って首を横に振った。そこでその霊能力者モルタとここに集まった彼らが一体どのような関係と言うか因縁があるのかについて、正門は神室霊華に説明を始めた。
丁度半年ほど前から、モルタと名乗る霊能力者が霊能力者界隈で頭角を現し始めた。と言っても、実はモルタ本人は霊能力者を名乗っておらず、むしろ死神の代理人気取りで、「死の女神モルタ」とか「死神モルタ」などと名乗っている。そしてそのモルタはと言うと、その評判はすこぶる悪い。なぜなら
「モルタなる霊能力者はですね、
自分で悪霊か何かを呼び寄せて、
それをターゲットに憑依させます。
その後そのターゲットから除霊の名目で
多額の金銭を要求するということを
行っているようです」
と説明する正門は、その眼に怒りの炎を燃やして神室霊華に説明した。彼が憤るのはある意味当然で、その行為はまさに「マッチポンプ」と呼ばれる行為であったのだ。そして霊能力者からすると、そのようなマッチポンプは言語道断でしかなく、下手をすると霊能力者全員がそのような事を行っているのではないか、などとあらぬ疑いをかけられかねない。神室霊華もそのような行為は決して許されることではないことを熟知しており、正門の説明にも大きく頷いて同意した。
そしてここに集う4人の霊能力者であるが、そのモルタの行いに憤慨して神室霊華と共にモルタに対する抗議行動をするために集まったのかと言うと、ある意味それもある。だがそれよりも、実は彼らにとってはより深刻な問題が発生しているようで、
「実は我々だけでなく、多くの霊能力者の元に
モルタに憑依させられた悪霊を
除霊して欲しいとの依頼が
寄せられるようになったのですが――」
どれも一筋縄ではいかず、殆どのケースでは除霊不可と言うことになっていた。しかも、
「慣れない霊能力者の中には精根尽き果てて
そのまま床に臥せっている者もおる次第でして」
要するに除霊を行う霊能力者達の命に関わる問題を引き起こしているというのだ。勿論憑依された当人達は、もっと悲惨なのようで、
「もしモルタから要求された金銭を支払えなければ、
最終的には悪霊に体を乗っ取られてしまい、
挙句の果て事故や事件を起こして警察沙汰になるか、
そのまま命を落とすということも
あったりしたようです」
と今度はかなりの悔しさを滲ませながら、神室霊華への説明を終えた。正門の隣には、神室霊華もよく知る霊能力者達が、唇を噛みしめて俯き加減のまま、正門の話を聞いて頷いていた。彼ら彼女達の無念さは幾ばくであろうか。
そして神室霊華は正門から話を聞き終えた時、暫くの間目を閉じて、じっと考えていた。実は、今年に入ってから、彼女の元にも悪霊に憑依されたという顧客の除霊を何軒か行っていた。もっとも、神室霊華の場合、悪霊であっても問題なく除霊できる訳で、ただし中には頑固な悪霊もいたりして、そのような場合はM Mの代表である物部かすみから伝授された少し特殊な方法で除霊したりした。そんな除霊案件にまさかこのような背景があったとは思っても見なかったようで、目を開けた神室霊華は過去の案件を少しだけ話した。それから幾つか質問をするのだが、やはり気になるのは
「その方、モルタと名乗られる方ですが、
悪霊を憑りつかせた方々に
如何程要求しているのですか?」
「それはピンキリみたいでして――」
どうやら脱税やら裏金を溜めこんでいる企業経営者や政治家などには数百万円から数千万円を要求したりしているようだ。何やら義賊を気取っているのではないかと思わなくもない。ただしモルタはそのような悪徳経営者や政治家から受け取った金を貧しい人達に配っている訳ではないのだが。
”そう言えば、私の所に来られていた方々は、
皆さん脛に傷持つ人達だったような”
と神室霊華は回想するが、勿論そのことは決して口にしない。そして正門の話を聞き終えた時の神室霊華の最初の印象は、
「これって、よく耳にするランサムウェアと
同じやり方のようですね」
と伝えるように、コンピューターウィルスを悪霊に置き換えた仕組みと全く同じだと感じていた。ただし、コンピューターシステムであれば、身代金の支払いを拒否した場合、セキュリティを強化しつつ、自分達でシステムを1から再構築することも含めた全面的な見直しを行ったりすることで対応は出来そうである。ただし、その為の費用や情報漏洩に関する損害への対応は発生するため、決して安上がりと言うことは無い。場合によっては、経営陣は責任を取って総辞職となるだろう。
ところが心霊系の場合、そもそも自分自身を更新することは不可能である。そのためもし悪霊に憑りつかれたりすると、自分の様に霊界にて対処するしかないのだが、当然何の手立てもない一般人には手の施しようがない。そして
「二度あることは、三度あるということも
あり得ませんか?」
と神室霊華は懸念点を示すが、いいカモを見つけたと思ったら、とことんまでしゃぶり尽くさないか、と言うことを心配するのだった。ただ残念ながら、ここに居る霊能力者達は、その答えを持ち合わせていない。ちなみに、
「そう言えば、ある被害者は、
裏世界の人達を使ってモルタの処罰を
試みたらしいのですが――」
見事返討にあったという。つまり、裏世界の俗に言う「ヒットマン」達は、モルタによってその場で悪霊に憑りつかれて苦しめられたというのだ。となると、相当に手早く、しかも手際よく降霊術を行うようだと神室霊華は感じた。
”まるで私たちのようですが......”
と心の中でそう呟くが、まさに召喚術師であれば、そのような事は可能である。
それよりも、ここに集まった霊能力者達は、単に神室霊華に問題を提起して愚痴を零すために集まった訳ではなく、その目的は
「そのモルタなる霊能力者に、
二度とこのようなことが出来ない様にさせられないか、
もし何かお知恵があれば拝借したいのですが......」
と言うことであった。ここでもし、神室霊華が金に執着する人物であれば、彼らの要求は体よく断っただろう。勿論、彼女にはそのような金銭に対する執着心は殆ど、いや全く持ち合わせていない。だが、かと言って、何かできることがあるかと言うと、今の所彼女には見当たらない、と言うのが本心であろう。
「申し訳ありません、正門様。
私もまだ十分に状況を把握しかねておりますので、
少しこちらでも調査してみます。
それとですね、その方には
どのようにして接触できるのかご存じでしょうか?」
「はい、ホームページを作っているようで、
そこにアクセスすれば良いみたいです。
ちなみに、どうやら呪い代行みたいなことも
しているようなんです」
と正門は更に神室霊華が驚くような事実を伝えた。神室霊華は呪い代行と聞いた途端、あの事件のことを思い出し、一瞬身震いするのだった。ただ冷静に考えれば、あの時の主犯は既に亡くなっており、それが蒔いた種の中には、モルタに当て嵌まる様な人物は含まれていないことは確認済みである。だとすると、今回の件は、全く別の問題となるようなのだ。
さて、神室霊華に事情を説明し終えた正門は、額の汗をハンカチで拭いつつ、その場で神室霊華に向かって
「神室霊華様、何卒これ以上
モルタの被害者を出さないように
ご協力の程お願いします」
と頭を下げた。尤も神室霊華も安請け合いはしたくないため、「ご期待に沿えるかは分かりませんが、できる限りこちらでも調べてみます」とだけ答えるに留めた。そして4人の霊能力者達は、神室霊華に一礼をしてから部屋を去った。後に一人残った神室霊華は、
“この件は、あの方達に相談しないといけませんね”
と心の中では既にあの2人を当てにしていた。もしあの2人に対処できなければ、もうお手上げだろう。
「さて、そろそろ夕方ですから、
行く準備をしましょうか」
と一人呟きながら、応接室を後にした。