召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
超常現象に関する国際会議 (第1幕)
10月下旬の乾いた空気が、砂漠の都市に独特の澄んだ青空をもたらしていた。ラスベガスの上空を旋回した機体がゆっくりと高度を下げ、やがて滑走路へと接地する。軽い衝撃のあと、窓の外には赤茶けた大地と整然と並ぶターミナルビルが広がる光景を目にする。到着ロビーに足を踏み入れた瞬間、物部かすみは思わず小さく息を吐いた。
「しっかし、あれやなー、空港からして、
ほんまラスベガスやんなー」
「確かに、空港からこの賑やかさと言うのは...
いかにもラスベガスというところでしょうかね」
「ワタシモ、ラスベガスハジメテデス。
ナンカ、ワクワクシマス」
「ラハニさん、タホマちゃんビビるから、カジノはまだやで!」とかすみは苦笑いを浮かべてラハニ・カヤンに注意を促す。だがラハニの浮かれる気持ちも分からなくもない。3人が降り立ったのはラスベガスの玄関口であるハリー・リード国際空港。天井には明るい照明が反射し、スロットマシンの電子音が軽快に鳴り響いている。到着ゲートのすぐ横に並ぶカジノ機が、ここが娯楽都市の玄関口であることを強烈に主張していた。
ところで、なぜラハニが同行しているのかと言うと、かすみと神室霊華はシアトル経由のフライトでやって来たからだ。残念ながら日本のどこの空港からもラスベガスへの直行便が無いため、アメリカ国内で乗り換える必要があるのだが、ラハニの勤務先がシアトルであることと、そしてラハニの結婚式で既にそこを訪れた経験があることから、どうせなら3人+1人(勿論タホマ)で一緒に旅をしようというかすみの提案で無事合流を果たしてやって来たのだった。ちなみにラハニに抱かれているタホマは、今は熟睡中だ。
「それよりも、さっさとホテルに行こか?」
とのかすみの掛け声で、一行はキャリーケースを手にしてタクシー乗り場に向かった。今回の旅行も大きなスーツケースではなく機内持ち込み可能なキャリーケースである。まあ彼女達の場合、必要な物は転移して取りに行けば済むので、このスタイルでも全く問題ない。そして夕暮れが近づく空の下、タクシーはネオンが点灯し始めた通りへと滑り出した。
「ラスベガスって、何やめっちゃ暑いと
思っててんけどなー」
とかすみが少しだけタクシーの窓を開けてそう呟いた。
「昼は流石にこの時期でも暑いらしいですけど、
夜は涼しくて過ごしやすいみたいですよ」
と神室霊華は自分のスマホを見ながら落ち着いた声で答えた。
「そう言えば、今回のホテルって、
めっちゃ新しいって、霊華さん言うてたな。
どんなとこなん?」
とかすみは今日から宿泊するホテルに関して神室霊華に尋ねた。本来であれば事前に知っておくべき情報であろうが、かすみは全てを神室霊華に任せっきりで、まさにおんぶに抱っこ状態である。そのため、今更ながらそのような事を尋ねられると、神室霊華も苦笑せざるを得ないのだが、
「そ、そうですね、ラスベガスと言えば
カジノでしょうけど、
今日から宿泊するホテル、ザ・バベルは、
カジノよりもエンターテイメントショーや
体験型施設に力を入れているみたいですね」
と説明した。するとかすみは、
「何やねん、そのザ・バベルっちゅう名前は?
バベルの塔でも作ったんか?」
と冗談ぽくそんなことを口にするのだが、丁度その時タクシーはストリップの喧騒を抜け、やがて目立つ建物の前で減速した。たった今、神室霊華が説明したホテルに到着するところのようだ。曲線を多用したガラス張りの円錐台状の建物の外観が夕焼けを反射し、上層階には巨大なLEDパネルが流れるような映像を映し出している。建物の中央には、吹き抜けとなっているのか、そこから空へ伸びる光の柱が立ち上り、まるで未来都市のランドマークのような印象を与える。そして確かに見ようによっては、まさにガラスでできたバベルの塔とでも言おうか。するとその光景を目にしたかすみは
「うわ、マジで、バベルの塔っぽいやんか。
全く、アメリカ人の考えることは、
よう分からんわ!!」
とぼやき出した。
その後タクシーはエントランスに向かうのだが、エントランス前では噴水ではなく立体ホログラムが空中に浮かび、夜のショーの予告が流れている。音楽と共に映し出されるのは、空中ブランコの演技、プロジェクションマッピングの舞台、そして屋外で行われる光のドローンショーの映像だった。
「うわー、何やろな、ユニバの事を思い出すけど、
あれよかもっとスケールがデカいんちゃうか?」
とかすみが大好きなユニバを例に挙げて、だがそれ以上の興奮が期待できることに目を輝かせていた。そしてタクシーから降りたところで、トランクに預けたキャリーケースを手にしてエントランスに向かった。
3人+1人がロビーに足を踏み入れると、そこはホテルというよりも巨大な劇場のような空間が広がっているのを目にした。天井は何十メートルもあり、本格的なプラネタリウムであろうか、ドーム状のスクリーンに夜空の映像が広がっている。時間が進むにつれて星が瞬き、流星がゆっくりと横切る演出が施されていた。そしてホールの中央に目を転じると、そこには円形のステージがあり、ちょうど短いパフォーマンスが始まるところだった。空中に吊られたワイヤーからアクロバットダンサーが降りてきて、光の帯をまといながら回転する。観客はチェックインの途中で足を止め、その華麗なる演技に見惚れてしまい、そのうち自然と拍手が起きる。
「なんなん、こんなとろこで、
チェックイン前からショーが始まるって……」
とかすみが感嘆の声を漏らす。そんなロビーの左右には、様々な体験型エンターテイメントの案内が並んでいた。
[没入型VRシアターでの宇宙旅行体験]
[屋内ナイトガーデンで行われる音楽ライブ]
[屋上の透明プールで行われる光と水のショー]
[夜空に数百機のドローンが舞う屋外スペクタクル]
さらに奥には、小規模ながら洗練されたシアターがあり、世界各国のアーティストによる日替わり公演が行われると表示されている。神室霊華は案内パネルを見ながら
「国際会議の参加者向けに、
専用のレセプションショーもあるみたいですね」
「仕事の合間でも楽しめそうやんなー」
「ナンダカ、ワクワクシマス。
ハヤクカイギ、ハジマッテホシイデス」
とラハニは、一体何をしに来たのか分からない位にぎ出した。そんなラハニを目にしたかすみも、自然と笑みが零れてしまう。
チェックインを済ませた3人+1人は、ガラス張りのエレベーターに乗り込んだ。上昇するにつれて、ロビーのステージと観客の様子が小さくなり、天井の星空映像がまるで本物の夜空のように広がった。
「......なんやろなー、ここにいるだけで
非日常やねんなー」
とかすみが静かに呟く。神室霊華は窓の外に広がるネオンの海を眺めながら
「会議は明日からですが、今夜は少しだけ、
この街の空気を楽しみましょうか」
と答えた。エレベーターのドアが静かに開き、3人+1人は新しい物語の舞台となるホテルの廊下へと歩み出した。