召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
超常現象に関する国際会議 (第4幕)
神室霊華の基調講演の趣旨は、芸術品の鑑定における心霊現象の役割のような題目となっている。要するに物部かすみが行ったデルベッキオの絵画の鑑定のことであり、神室霊華は降霊術を駆使して本人を呼び出せればそれが本物であることを裏付けられるという具体例を幾つか挙げながら説明し始めた。そしてそれに関連して、実際にこの場でも真贋鑑定を実践するということが神室霊華の口から伝えられると、会場内は小さくないどよめきが起きた。そして神室霊華の合図でステージ上に置かれていたイーゼルが、その両脇でしっかりと警護をしている警備員の手でゆっくり慎重に中央に運ばれて来た。するとそのタイミングで、ステージ下の客席にいたブランド物の高級なグレーのスーツに身を包んだ1人の人物が立ちあがるや、直ぐにステージに上がった。てっきりその絵画に何かしようと企むな輩に見えなくもないのだが、その人物は直ぐに客席に向かって自己紹介を始めた。と言っても、恐らくアメリカ人であればその顔を見ると直ぐに分かる程の有名人のようで、ラハニは直ぐにこのホテルのオーナーであると認識した。だが残念ながら、かすみはその人物の名前も顔も知らない。すると、
「この絵画は、皆さんも目にされます、
エントランスホールに展示されている
あの風景画にございます」
と本人の口から紹介しながら絵画にかけられていた白い絹の幕を取り払うと、そこにはこのホテルを訪れる観光客が真っ先に向かう有名なアンドレア・ダ・ロッシ(Andrea da Rossi)の風景画が置かれていた。アンドレア・ダ・ロッシは、素朴な風景画を描くことで有名な画家であるが、その作品数の少なさから希少性が生まれ、オークションに出品されると最低落札価格が10億円を下らないと言われている。もっとも、一連の作品は希少性だけではなく、素朴な風景画であるにも関わらず、実は富める者と貧しい者の間に横たわる普遍的な問題が描かれているということで、その奥深さ故に美術史家の間では評価が高く、そのためマニアの間では高値で取引されたりするという。そしてアンドレア・ダ・ロッシの絵画を幾つか所有するザ・バベルのオーナーは、今回高名な降霊術師である神室霊華を迎えるということで、是非この絵画の真贋を鑑定して欲しいとお願いした。もっともそこには、降霊術による真贋鑑定に対する幾ばくかの疑念があり、それに対して神室霊華へ挑戦状を叩き付けるという意味合いがなくもない。だが実際はそれ以上に、やはり本当にこの絵画はアンドレア・ダ・ロッシの作品なのか僅かな疑念があり、それを確認したいという意味合いで、神室霊華に鑑定をお願いしたことの方が大きい。勿論その疑念は、昨年末に世界中を騒がせたあの贋作事件があったことが大きく影響している。そして、神室霊華がその申し出に対し快く引き受けてくれたことを伝え、彼女に感謝の言葉を贈った。その後オーナーからの説明を受けた所で、神室霊華は前に進み出て話を始めた。
「では、実際にどのように鑑定を行うのかを
実演しますが、1つお断りしておきます。
それは――」
必ずしも描いた本人が100%降霊される保証はなく、場合によっては昔の持ち主が降霊されることがある点をまず聴衆に伝えた。更に、何も降霊されることが無いこともあり、その場合は作者本人が別の誰かに転生している可能性があることも併せて伝えた。すると、何やら魂の転生そのものに対する懐疑的な研究者から異議が出てくるのだが、神室霊華はそのことは百も承知の上で、だが敢えて彼らの異議は無視してそのまま続けた。そして
「ではこれから降霊術を行います!」
と言うや、その場にアニュラス型の降霊召喚門を設置し、お出迎えの術式を記入した。なお一般人でも目に出来るように召喚エネルギーをかなり多目にすることは忘れない。そして「召喚」と呟くとそこには何かしらの霊体が現れたのを確認した。それを見た客席からは、一斉にどよめきが起こった。神室霊華は当然そのどよめきは予想していたのだが、そんな彼女も呼び出した霊体に対して少なからず衝撃を受けたようだ。なぜ彼女が衝撃を受けたかと言うと、そこには年配の女性の霊体が現れたからだ。
神室霊華が呼び出したその女性の霊体は、足元まで届く黒い修道服に身を包んでいる。粗い羊毛だろうか、布はところどころ色褪せ、長い年月をかけて使い込まれていることを物語っている。また白い布が顎と首元を覆い、その上から垂れた黒いヴェールが肩に静かに落ちていた。装飾と呼べるものは何もなく、ただ腰に結ばれた帯と、小さな十字架だけがその身分を示していた。そう、そこに降霊されたのは、紛れもなく修道女であった。となると、この絵画の作者ではなく元の持ち主が召喚されたということなのだろうか。神室霊華の心の中では一抹の不安がったのだが、それよりも先ずはその女性の素性を明らかにすべく、神室霊華は英語で名前を尋ねた。だが何の反応も示さない。そこで神室霊華は、こういう事もあるだろうと想定してこの場にラハニ・カヤンを呼び寄せた。念のため、ラハニは自分の仲間であることを聴衆に説明してから、早速彼女の助けを借りて幾つかの言語で話しかけてもらうことをお願いした。ラハニは黙って頷いて、スペイン語、フランス語などのヨーロッパの言語を中心に名前を尋ねると、イタリア語で話しかけた時にその霊体から反応が返って来た。しかも、神室霊華を始め、今の絵画の持ち主であるこのホテル、ザ・バベルのオーナーだけでなく、会場にいる聴衆がその名前、アンドレア・ダ・ロッシを耳にした途端、余りの衝撃からかしんと静まりかえってしまった。
「ま、まさか、この女性が本人だったとは......」
と神室霊華が思わず日本語で呟いてしまうのだが、まさに衝撃的な展開であった。と言うのは、その絵画の作者はずっと男性だと思われており、そのことに対して美術評論家や美術史家の誰も疑いを持っていなかったからだ。なぜなら名前のアンドレア(Andrea)は主に男性に使われる名前だからである。だが神室霊華がラハニを通じてそのことを確認すると、当時、どうやら彼女の生まれた地域では、ごく普通に女の子に対してその名前が使われていたという。
さて、本人が降霊されたのは分かったものの、まだ本人が描いたのかどうかは定かではないため、神室霊華はラハニを介して更に幾つか質問をした。その結果分かったことは、どうやらその女性が描いたもので間違いはなく、しかもこの絵画は修道院から見た風景を描いたものだということであった。すると今のこの絵画の持ち主であるザ・バベルのオーナーは、この絵の描かれた場所に関する具体的な質問を神室霊華にお願いした。するとその霊体はアルプス山脈に近いある修道院の名前を答えたのだ。その時、聴衆の中にいたイタリア人の研究者から、「あっ、あった!」との声がステージ上に伝えられた。どうやらスマホでその修道院を検索していたようなのだ。そしてその研究者が言うには、どうやら今もその修道院はその場所に残っているというのだ。そうなると、詳細な調査は美術評論家や美術史家などの専門家に任せることになる。そして神室霊華は、その女性に他にどのような絵画を描いたのかを尋ねると、彼女の答えに対してザ・バベルのオーナーが唖然とした表情を漂わせた。神室霊華がオーナーに理由を尋ねると、
「は、はい、今こちらの幽霊が話した絵画は、
確かに全て現存しておりますし、
まさにその通りの構図になっております。
しかも――」
と少し言い淀むが、どうやらまだ発見されていない絵画も幾つかあるということを指摘した。もし未発見の絵画が、作者の幽霊から語られたように見つかったら、それこそ世紀の大発見となるだろう。そのためか、ザ・バベルのオーナーは、次第にその顔に興奮の色が満ちてくるのだった。
ただ残念ながらこの場でそれを確認できないため、この件の確認は保留と言うことになるのだが、それでも明らかなのは、ここにある絵画は本物であるということであろう。そのため、ザ・バベルのオーナーは、次から次に飛び出す真実の連続で何時ものクールさは影を潜め、何やら1人興奮の色を隠すことなく浮かれてしまうが、それでも神室霊華に感謝の言葉を伝えることは忘れなかった。そしてこれをもって、降霊術による絵画鑑定を一旦終わるべく、神室霊華はその場で召喚を解除した。すると突然幽霊が消えたことで、再び場内から大きなどよめきが起きた。