召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
最神玲と物部かすみ、旧友と再会する (後日談2)
暫くの間、官房長官の執務室内は沈黙が支配していた。そして話を聞き終えた稲垣悟は
「そうだったんだ......」
と呟いた後、暫し考え込んだ。あの2人は確か霊能力者になるとか、そんなことを卒業式の時に最神玲に打ち明けられたことを思い出したのだが、一体いつからこんな仕事も引き受けるようになったのか?彼の中では疑問が尽きないのだが、それよりも一度彼らに会ってちゃんとお礼を伝えたいと思うと、
「そうですね、近いうちに、
彼らの所にお礼に伺うことにします」
と笑顔になってそう答えていた。そして稲垣悟と山名昭正は古下に見送られて部屋を後にした。その後古下は、テーブルの上に置かれたままのレシートを手にし、執務用の机に戻った。そしてある所に電話入れると、直ぐにその人物がやって来たので、そのレシートを渡してから今後の対応について簡単に指示を伝えた。すると部屋に静寂が再び戻ったところで、古下は椅子の背もたれを倒して暫しの間目を閉じた。尤も眠りに就いた訳ではなく、今までの事を回想していたのだった。稲垣悟が持ち帰った情報と我々の持つ情報を照合して精度が増せば、外交的に優位に立つことははっきりしている。それこそ直ぐにでも現在進行中の誹謗中傷行為や妨害行為を終わらせることは可能だろう。何といっても、あの国はトップの言うことは絶対だからである。そう思うと、あの2人に支払った20億円が子供の小遣い程度にしか見えなくなる。今回の情報は、場合によってはその数千倍以上の利益を我が国にもたらすかもしれないからだ。
それにしても、あの2人は一体何者なのだろうか?そんな疑問が頭をった時、ある資料の事を思い出して、背もたれをそのままに急ぎ立ち上がった。そして近くの金庫に向かいそこからクリアファイルを取り出した。中に納められているある資料に目を通すが、その資料は英語で書かれており、表紙には[The Summoner]と書かれていた。日本語に訳すと[召喚術師]となるだろう。そしてその内容を改めて見直すと、そこには[Rei Mokami]と[Kasumi Monobe]の2人の名前が現れるのを目にした。この時の古下は、まるで雷に打たれたかのように、身動きせずにその資料を凝視し続けた。そして漸く
“アメリカ政府はあの事件よりもかなり以前から
彼らの存在に注目していたのか...”
と思わず心の中で唸ってしまった。あの事件とは、玲とかすみが特殊部隊に襲われた件である。そして古下が手にするその資料は、その更に1年前に作成されたものである。ただし一番最後のページには、補足資料としてアメリカ政府から玲とかすみに対しある仕事を依頼したことが付け加えられている。残念ながら何を依頼したのかは分からないものの、異空間での作業に対する報酬として二千万ドルが支払われたという内容である。
前任者からの引継ぎで最初にこの資料を手渡された時、フェイクか単なる悪ふざけかと思わずにいられない位、具体性を欠いた内容であったことを今でも鮮明に覚えている。現在であれば、生成AIによって、もっともらしいシナリオが作れたりするのだが、逆に内容の荒唐無稽さから、それはないとも確信できる。それよりも、この資料の出所からしてフェイクなどではないと断言出来るだけでなく、アメリカ政府はどうやらこの件をひた隠しにしようとしていることも判明したことから、重要機密事項としてこの金庫に保管されることになった。もしかして彼らが行った任務とは、今回のような依頼なのかと勘繰ってしまうが、場合によっては今回こちらで得た情報の一部と引き換えに、彼らに関する情報を入手しても良いと思ったりしている。それよりも、先ずは今回の件に関する報告を総理に上げないといけない訳で、その為の資料を用意するかと自分に言い聞かせ、その資料を金庫に戻して彼は部屋を出て行った。
稲垣悟が救出されてから10日程経ったある日、差間見町の美土路神社は朝から小雨が降り続いている。ここ数日程は過ごし易い日が続いたお陰で、少しずつだが参拝客も増えだして賑わいを取り戻しつつあったのだが、朝から生憎の雨模様で、今の境内には数人の参拝客がいるだけである。それでも玲とかすみはと言うと、何時ものように臨時に作られた社務所で仕事をしているのだが、そんな彼らの元に彼がやって来た。
「最神、物部、久し振りだな」
「ん?何や、稲垣、元気になったんか?」
「相変わらずだな、物部は。
そう言えば、お前たち、結婚したんか?」
「あっ、アホか。な、何でうちが、
こいつと結婚せなあかんねや!」
「うん、僕もかすみとはね...」
と稲垣悟は何やら世間話なのか、単なる冷やかしなのか分からないが、こんな日常の有り触れた会話をして楽しんでいた。こういう何気ない会話がどれだけ有難いことなのか、彼は身に沁みて感じていた。それよりも、
「この間は、有難うな。
君たちのお陰で命拾いしたよ。
もしあのままあそこにいたら、
何時出て来れたか
分からなかっただろうな」
もしかして前途を悲観して首をっていたかもしれないと仄めかすのだが、その気持ちも分からないでもない。そしてこうして元気な姿を目にすることで、玲とかすみは自分達のやったことが正しかったのだと確信したりする。ところでかすみはどうしても気になって
「ところでな、稲垣、お前何で
あっこで捕まったんや?」
もしかしてスパイでもしてたんか、と言わんばかりに興味津々な様子で稲垣悟に尋ねた。確かにかすみの指摘する通りであり、だが流石に本当の事は言えないが、映画館での出来事はそのまま伝えた。すると
「なるほどね、確かにそんな状況だと、
そうなっても不思議じゃないよね」
「せやな、とにくかあっこの国は滅茶苦茶やからな。
自分気ぃ付けなあかんで!」
と玲とかすみはそう感想を口にしつつ、かすみは軽い説教を垂れた。とは言え、もう二度とあの国に赴任することは無いし、そもそも出来ないだろう。となるとこれからどうするのか?玲はそのことを尋ねた。
「まあ、会社は辞めた訳ではないからね、
他の国で仕事をする分には問題ないんだ」
と言うのだが、そんな彼の後ろから傘を差した紳士がゆっくりとした足取りで現れた。山名昭正である。
「最神様、物部様、この度は孫の悟を助けて頂き、
本当に有難うございました!」
と雨に濡れるのも構わない位に頭を深く下げて2人にお礼を伝えた。そんな祖父を目にした稲垣悟は、すかさず祖父が濡れて風邪をひかないように傘を差し出した。そんな何気ない光景を目にした玲が、ふと
「ところで、稲垣さん。
山名さんの跡を継いで政治家を
目指したりしないんですか?」
と山名昭正の後継者にならないのか、と指摘した。この玲の言葉に、稲垣悟は驚いたように目をカッと見開いて玲を凝視するのだが、その驚きは自分の予期せぬ言葉をかけられたからではなく、自分の心のうちを見透かされたことへの驚きであった。実は近いうちにその方向への転職ではないが考えていたところであったようで、そのため玲の問い掛けに対し返答を暫しするのだが、
「いいや、最神。もし政治家を目指すんだったら、
祖父の跡と言うか地盤を継ぐのではなく、
自分の地元の東京から立候補するよ」
ただし、政治のいろはは、祖父から叩きこんでもらう必要があるから、近いうちに武者修行に出るかもね、と笑顔になってそう答えた。玲は山名昭正に向かって、
「山名さん、良かったですね。
お孫さんが強い決意で
政治家を目指そうとして」
「これから大変かもしれませんね、ははは」と笑いながらそう口にすると、山名昭正も嬉しそうに
「はい、これもお二方が
孫の悟を救って頂いたお陰です。
後は孫を徹底的にしごいて、
皆さんのお役に立つような
政治家にすることにしますよ」
その後稲垣悟と山名昭正は、玲とかすみに再びお礼を伝えてから、小雨の降る境内を孫が祖父を労わるように寄り添いながら去って行った。
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突然の襲撃でなす統べなく稲垣悟を連れ出された収容所の責任者は、収容所内の自分の執務室にある机の前で頭を抱えていた。自分が管轄する収容所から日本人の収容者が勝手に連れ出された、もとい脱獄したという事実は、その時点で自分のキャリアが詰んだことを意味した。ただし、それでお役御免であれば彼としては儲けものだろう。だがそう簡単に行かないのがこの国である。既に自分の汚職に関する調査が進んでいるものと思われ、それが露呈すると、単にお役御免で済むことは無く、そのまま両手を縛られて裁判にかけられる。そしてその先に待つのは、良くて執行猶予付きの死刑と言う所か。それならさっさと荷物をめて国外に逃亡するべきなのだが、時すでに遅し。いや、あの日本人の脱獄とその後の帰国までの時間が短か過ぎたのか。もう少し国内に留まっていてくれて、国家安全部の目がそちらに向いている状況であれば、その間に身一つでとんずら出来たかもしれないが、もう今となっては後の祭りであった。
彼が頭を抱えている部屋の中には、中央から送り込まれた監査役と言うか、要するに自分の生殺与奪の権利を持つ局長級の人物が彼の目の前にあるソファーに座って、自分が収容者への便宜を図るべく賄賂で得た高級茶を飲みながら彼の報告を待っている。
「ジャン。報告書はまだかね?」
「ヤ、ヤン局長。もも、もう少しだけ時間を
いい、頂けませんでしょうか?実は――」
どうにも不可解過ぎるため、どのように説明すれば良いのか判断がつきかねる、と言うことを額に脂汗を浮かべて、しどろもどろになりながら説明していた。ジャンと呼ばれたこの施設の処長は、部下が提出して来た報告書と、当日の監視カメラ映像をパソコンのモニターに並べて見ている所である。だがそこに書かれている内容は、何とも信じがたいものであった。ただし、それをそのままヤン局長に報告すると、部下はそんな時間にそこで何をしていたのかを当然詰問される訳であり、その行き着く先は自分の監督責任が問われてしまう。
一方、監視カメラの映像はと言うと、こちらは全くと言っていい程使い物にならない。と言うのも、殆どの画像にブロックノイズが走り、何がそこに映されているのかを判別することが全く出来ないのだ。念のため部下の1人が、映像解析のプロ集団に画像からブロックノイズを消してもらうようにお願いしたのだが、結果は全く駄目であった。と言うのも、データそのものには異常がなく、明らかにカメラ本体に問題があるからだというのだ。そうなると、こちらも施設の管理不行き届きと言うことで、ジャン処長の責任問題になってしまう。要するに、どう転んでも、彼の監督責任が問われるのは必至であった。
ただし、そんな状況でも一つだけ明らかなことがあった。それは、確かにあの日本人をこの施設から連れ出した奴がいたということである。なぜそう断言できるのかと言うと、実は市内には天気や交通状況をモニターするための情報カメラが幾つかあり、そのうちの一台がこの施設を含む周辺をモニターしていた。そしてまさに脱獄のあった時間、その情報カメラは塀の外側に人影らしきものを記録していたのだ。ただ残念ながら、夜間であることと解像度が悪すぎたため、それこそ粒子の塊が蠢く様にしか見えない。だが翌日に現場付近を調査したところ、植え込みの中に2つの細いタイヤの跡と足跡を幾つか発見したという報告が届いた。恐らくあの日本人は連日の過酷な尋問で歩行困難であったと思われたため、それを見越して車椅子を用意していたのだろう。
それよりも、この収容施設を出てからの足取りが全く掴めていないのはなぜか?と言うのも、その植え込みにあった痕跡は、ある場所で消えていたというのだ。まさかアメリカ軍の特殊ヘリで救出されたのか?だが、情報カメラにはそのような存在は映っていないためそれは絶対ない。だとすると、連中は一体どこに行ったのか?尽きない疑問が次から次へと沸いて出て来るのだが、それに対する明確な答えは誰も持ち合わせていない。そして、彼自身も、その答えを用意する気は全くない。
ジャン処長は、その場で深い溜息をついた。そして何かを決したかのように、先程までの怯えた表情から一変して真剣な表情に変わると、机の一番下の引き出しを開けた。そしてその奥に右手を突っ込んで何かを取り出したのだが、それを手にした途端、全身に震えが走った。だがもう決めたことだ、と何とか自分に言い聞かせ、右手の震えを押さえるように左手を添えた。そしてそれを自分の右のに当てて、息を大きく吸ったところで引き金を引いた。