召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
なぜ物部かすみは拉致されたのか? (第1幕)
“ん?......ここは、どこなん?”
物部かすみは寝起き状態なのか、目を薄っすらと開けながら何やらぼんやりとした表情でそう呟いた。否、呟こうとしたが言葉がうまく出てこない。どうやら舌が麻痺して口がうまく回らないようだ。そのため、口から出た言葉は
「ここら、ろこらん?」
であった。それよりも明かりの点いていない薄暗い部屋の中に居るのは何となく分かる。と言うのも冬のこの時期、もし屋外であれば、このように意識を失って倒れていたりすると、凍死していてもおかしくないからだ。そのためここが屋内であろうことは容易に推測出来るのだが、とは言え、ここが屋内であったとしても、暖房があるようには見えないため、どうしても室内の冷気によって露出している肌に冷たさを感じてしまう。
とその時、かすみの鼻は何かを嗅ぎとった。何やら淀んだ河川ので漂うあの独特の生臭さと、公衆トイレで感じるアンモニアとの悪臭、後は
”血の匂いか?”
と感じるあの金属的なさ、それらがかすみの鼻孔に一気に押し寄せて来た。そのためかすみは、てっきり公衆トイレで意識を失って倒れたのかと勘違いしてしまうのだが、それよりもこの余りにも不快感を伴う匂いを何とかしようと鼻を手で覆おうとした。ところが手が全く動かない。
“ん?......何でうちの手は動かへんのや?.........!!
ま、まさか手が無くなってるんちゃうやろな!?”
と考えた途端、パニックに陥ってしまった。そして急ぎ自分の手を確認しようと上半身を起こそうとするのだが、それも出来ない。
“うわー、何でうち起きられへんのや!?”
もうこうなると、かすみは身動きが取れず、じたばたき出すのだが、果たして藻掻いているのかどうか怪しい所があったりする。
これって、もしかして金縛りっちゅうやつか?
と考えたりするものの、自分の体に霊体が覆いかぶさっている状況を目にしていないため、即座に金縛り説は否定できた。もっとも金縛り自体は、脳が覚醒しているが体が睡眠状態であればいつでもそのようなことが起きうるのだが。とその時、かすみはどうやら金縛りではなく、両手両足と更に腰と首のところに何かが巻かれているのを感じ始めた。その結果
“な、何や、縛られてるだけかいな。全く!”
と手足が無くなっている訳ではないことに何やら安心したのか、ホッとして安堵の溜息を漏らすのだが、ここは絶対にホッとすべきところではない筈だ。普通であれば、身体を拘束された段階で更にパニックに陥りそうなのだが、かすみは何故か安心した。と言うのも
“口と手首が縛られてないのは、
ラッキーやったな!”
と思うように、召喚術師であるかすみは、口で召喚の書を呼び出して召喚術を唱えるか、手で直接召喚門を描くことで召喚術が使えるからである。そしていざとなったら転移すれば万事オーケーである。そう思うと冷静さを保つことが出来る訳だが、そうなると、では一体自分はいつどこで拘束されたのか?いや、拉致されたのか?そしてここはどこで、拉致した奴らの目的は何か? そこに自然と思考が向かう。
“何となく、記憶があん時から無いから、
あの後で拉致られたんやろなー”
とどうやら拉致された時の様子を何かしら思い出したようだ。それは――
その日、かすみは神薙宗座衛門に呼ばれて神薙家を訪れた。かすみが呼ばれた原因、それは遂にとうとう仕事中の居眠りや内職がバレたからなのか?かすみは半ば覚悟を決めて神薙家にやって来たのだが、蓋を開けると、実は新しく神職を雇い入れることの相談であった。かすみは内心ホッとするも、彼女からすると、自分は美土路神社に雇われている身であり、そう言う人事に絡むことに自分達が関係するとは思えない。だが、どうやら一緒に仕事をするうえで信頼関係を保てるかどうか、宗座衛門はそんなことを心配しているようだ。するとかすみは
「そんなん、叔父さん、うちらも大人やからな。
どういう感じでも出来るねんけどな―」
とぼやかずにはいられなかった。そんなことを話しながら、「そろそろ、うち戻るな」と言って神薙家を後にしたのだが、その後何かあったように思うも、まだはっきりとは思い出せない。何かが喉元まで出かかっているのだが、そこから先になかなか進めなくてモヤモヤする気分、今まさにかすみはその中にどっぷりと浸っていた。そしてこういう時は、一旦そのことは脇に置いてから別の事に思考を向けたりすると、突然「あっ、そや!」と思い出したりすることを経験しているため、かすみは自分の思考をここが何処なのか調べることに向けた。
仰向けになった状態で、まず転移門を使って早速調べると、外は何やら明るい。そして
「ん?また山ん中かいな......」
と呟いてしまうが、それは以前、かすみの二番弟子のラハニ・カヤンと共に拉致された時も、このような山の中の廃施設に閉じ込められていたのを思い出したからだ。それからかすみは、もう少し視点を遠くに向けてみたのだが、
“ここって、差間見町から山の方に向かった
隣町やったかな......”
と少しだけだが何やら記憶にある風景を目にしたようだ。そして
「ちゃう、ちゃう! ここってあっこの近くやんか!!」
とかすみはつい独り言を叫んでしまったが、特に外から誰かが入ってくる様子は見られないため、とりあえずホッとした。そして
“あっこに見える古い学校って、
あの教団の施設があったとこやんか!!”
と、以前かすみが潜入捜査をしたサモネル教団の支部があった廃校、そこから1kmと離れていない場所に監禁されていることが分かったのだ。そうなると、自分を拉致した連中はサモネル教団の関係者なのだろうか?
“まぁ、確かにあいつらは、
うちらに恨みあるからなー”
とそこに結論が集約されるのだが、一方でどうも彼らの仕業にしてはかすみの処置が雑過ぎる気がしてしまう。と言うのも
“あいつらやったら、間違いなく、
うちの両手首を固定して、
かつうちの口に何かを詰め込んで
ガムテでも貼りそうやねんけどなー”
そうしないと召喚術を行ってしまう訳で、その上、即転移されてしまうのだ。もっともこの場に転移防止処理が施されていれば転移自体出来ないが、
“まあ、うちは霊界経由で戻れるから
それはええねんけど......”
やはりかすみを拉致した連中とサモネル教団の関係性に疑問を持ってしまう。
かすみがあれこれ考えていた時、「あっ、思い出した!!」と再び声を上げてしまうのだが、どうやら自分が拉致された時のことを思い出したようだ。
“あれって、確かあっこの公園で
誰か苦しんでたんとちがったか?”
とまだあやふやながらも思い出したかすみだが、一体どういうことかと言うと――
神薙家と美土路神社の中間辺りに、子供たちがジャングルジムや滑り台で遊べるような小さな公園がある。かすみが神社と神薙家を往復する時は必ずその前を通るのだが、時間としては黄昏時を迎えた頃であり、特に冬のこの時期は日中でもなければ公園内で遊ぶ子供たちの姿を目にすることはない。そんな無人と思われた公園の傍を通りかかったかすみは、「うぅっ、うぅっ」と何やら苦しむようなき声を耳にした。そこでかすみがふと公園内に視線を転じると、そこに黒っぽいコートを羽織り、グレーのニット帽を被った年配の男性が胸を押さえながらっているのを目にしたため、急ぎ「大丈夫ですか?」と声を掛けながらその男性に近づいた。そしてその男性と目が合った時、かすみは突然意識を失った。
“なんやろ、あのおっさんの
催眠術にでもかかったんか?”
とかすみは当時を思い出しながらそう考えているが、実は単に後ろから襲われただけである。そう、もう1人が茂みの中に隠れており、通りかかった親切な人を後ろから襲って眠らせただけ、と言うことであった。そうとも知らないかすみは、
“くそっ、催眠術やと、うちらどう頑張っても
太刀打ちでけへんやんか!”
と酷くお冠であった。
さて拉致されたことよりも、催眠術にかかった(と思い込んでいる)ことにご立腹のかすみだが、これからどうしようかと考え始めた。
“まぁ、こうなったら、
拉致った奴の目的を知らんとなー”
目的を知らないと対策が出来ないし、また同じような事があるかもしれないと危惧し始めた。とは言え、この場を転移門でサーチした限り、拉致した連中が近くにいる気配は感じない。恐らく別の所に居るのか、それともここは単に中継地点なのか分からないが、今の所かすみはその場に一人残されており、特にすることが無いため
“しゃあないな、とりあえず
この縛られてる奴を何とかするか”
と言うことで、作業員を1体召喚した。そしてかすみを拘束している器具を外してもらったところ、
“これって、ストレッチャーって奴やんな?
ほなうちはどこかに連れて行かれるっちゅう
ことやろか?”
と自分が拘束されていたベッドと言うか台を見てそう考えた。そのうち、”えっ、まさか改造されるんちゃうやろな?”と変な想像力を働かせ始めた。だが直ぐに真面目な表情になったかと思ったら、この場に不釣り合いなほどニヤニヤし出して
“まぁ、あれやな、普通の人やったら
絶対逃げられへんけど、
うちは特別やからなー”
こうして簡単に拘束を解くことが出来るということを誰かに自慢したいようなのだが、残念ながらそこにはかすみしかいない。とりあえず、自由になったかすみは、早速その場所に関する情報を収拾すべく活動を始めた。