召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
美少女降霊術師の心霊事件簿1
5月下旬のある平日の午後。この日は珍しく梅雨の晴れ間と言うことで朝から青空が出ていて、気持ちの良い日である。そしてそんな気持ちの良い日の午後のこの時間になるとなぜか睡魔に襲われる物部かすみであるが、そんなかすみのスマホから着信を知らせるメロディーが流れた。おっと、危うく船を漕ぐところだったと気を取り直し電話に出ると、相手は大学時代の友人の渡辺翼からである。今は仕事中のため、後でかけ直すとの断りを入れて、電話を切った。そして、午後5時に仕事は終了したので、今週の料理当番である最神玲には先に家に戻ってもらい、かすみは後片付けをしながらスマホの電話機能をスピーカーモードに設定して渡辺翼に折り返しの電話を入れたのである。
[もしもし、翼、さっきはゴメンね。
仕事中だったんで許してね]
[もしもし、かすみ、
こっちこそ変な時間に電話してゴメン。
迷惑でなかった?]
[うん、大丈夫。それで用件は何?]
[いやー、かすみ元気にしてるかなーと思って、
最神と仲良く同棲中でしょ。
羨ましいなーと思ったんでちょっと冷やかしにね]
[なんじゃそりゃ。おい、おい、翼、同棲じゃない、
シェアハウスでの共同生活、全然違うからね。
そこんとこ勘違いせんといてな]
[ああ、はいはい、分かった、分かった。
まあ、かすみの元気な声を聞けて良かったんだけど…]
となぜかその後声のトーンが沈んでいく翼である。ん、どうかしたのか、と問いかけるかすみであるが、
[うん、かすみ、見ると呪われるという動画が
あるんだけど、知ってる?]
あー、何か昔心霊サークルでも話題になっていたな、見た人が次から次へと事故に遭ったり行方不明になったりするというビデオとか動画とか。あれがどうかしたのか?
[実はね、最近私その動画を見たんだけど、
その後からかな、何か変な視線と言うか、
気配と言うか、そんなものを感じてるんだ。
しかも自分の部屋に居ても落ち着かなくて、
もし本当に呪いとかだったらと思うと怖くなっちゃって、
それでかすみが今そんな関係の仕事をしていたことを
思い出して相談してるんだ。
ねえ、呪いって本当にあるの?]
呪いか。自分が扱うのは主に心霊現象であり、呪いとは異なる。と言うか、そもそも呪いは、生きた人間の怨念がもたらす現象とでも言うべきであり、基本的にはそこに心霊の介在する余地はないとかすみは考えている。ちなみに、怨霊や死者などの霊体が同様の事を行う場合は呪いではなく祟りである、とこんなことをかすみは渡辺翼に伝えた。そして
[祟りとかでなく呪いなら、呪いを発する本人を探して
対処するのか一番だけど、
その動画からは何か分からないの?]
分からない、と言うか、動画の内容自体、意味不明なものらしい。そして、
[それで、翼はどうして欲しいの?
もし霊体が取り憑いていて除霊してほしいなら、
それは有料だけどやれるわ。
でも呪いを解いて欲しいとかだと、
私は専門外になっちゃうけど]
かすみも、渡辺翼本人を霊視していないので、今は何とも言えないのだが、
[まあ、取りあえず、その動画をこっちに送って。
私も見てみるから]
と伝えて、電話を切った。それから社務所の戸締りをして自宅に戻る途中で、渡辺翼からのLINEに動画が添付されて送られてきた。そこでかすみは、一旦立ち止まってその動画を見てみることにした。
動画自体は、非常に画面の粗い映像であり、恐らくは昔のガラケーで撮影した動画のように見受けられた。そして内容としては、どこかの森の中を映していたかと思うと、突然画面が切り替わって川を映したり、また直ぐに切り替わって一人の女性が姿を現した。そしてまた直ぐに映像が切り替わって、その女性が木の枝から吊り下げられたロープで首をつっている映像が流れ、そこで終了した。その間1分30秒ほど。内容的には自殺者を捉えた不気味な映像であるのだが、その映像を見終わった時、かすみは何かしら異変を察知し、その場から直ぐ離れ、同時に降霊召喚門を召喚した。なぜ降霊召喚門を召喚したかはこの時のかすみには直ぐには分からなかったが、ほぼ条件反射で対応したことは間違いなく、しかもこの対処は全く正しかったことがこの後の光景から証明された。降霊召喚門を展開したのは先程までかすみが動画を見ていた場所、そして今召喚門の中には呼び寄せた覚えのない霊体が現れていた。ただし、召喚門のお陰で、その霊体は自由を封じられているのだが。
「え、これって、どういう事?」
初めての事態で戸惑うかすみである。流石に自分の経験からは何も判断できないので、ここは早速玲に相談することにした。その前に、術式を「お見送り」に設定して「召喚」と叫んだ。すると、その霊体は無事霊界に送られた。ちなみに、玲はお見送りではなく単に「出す」と呼んで、逆方向は「入れる」と呼んでいたが、かすみはこの呼び方がピンと来なく、それだったら日本人には馴染みのある「お見送り」と「お出迎え」の方がスッキリすると考えて、玲にそう主張した。玲ことカーンは、そもそもどちらでも良いよ的な考えのため、かすみの言う「お見送り」=出すと「お出迎え」=入れるにした。なお、術式はどちらも同じなのでそこは全く問題ないのだが。さて、お見送りしたかすみはと言うと、
「うわー、焦った。もしかして、これが翼の言っていた
呪いか何かの正体なのかな?」
かすみは急ぎ足で自宅に戻り、玲に今起きたことを報告した。
「うーん、僕もそんな話は聞いたことないな。
それよりも、先ずはご飯を食べようよ。
お腹ペコペコだよ」
と廊下をドタバタと走って来たかすみに、玲は先ずは食事をしてからにしようと提案した。かすみとしてはそれどころではないのだが、ここは冷静になった方が良いよとの玲のアドバイスを受けて、気持ちを落ち着かせる意味も込めて夕食にした。ちなみに、今日の夕飯は、ととサラダ、後はご飯とみそ汁という取り合わせ。中国系の人達からすると、餃子とご飯は主食同士だから一緒に食べるのは変だと言われる取り合わせだが、二人はそんなことは気にしない典型的な日本人である。
さて、夕飯でお腹を満たした玲とかすみは、早速かすみの元に送られてきた動画を確認するのだが、万が一のことを考えて、現在未使用の真ん中の部屋に移動して、そこで視聴することにした。そして、
「なるほど、確かに霊体が出現したね。
しかもかなり悪意を持つというか、所謂怨霊かな」
とは玲の感想である。しかし、それ以上に玲が気になったのが、
「この動画の中で流れている音楽と言うか
声と言うか音なんだけど、
多分これって召喚術の一種じゃないかと思うんだ」
玲から予想外の答えが飛び出したことに驚くかすみ。それって、自分たちが使っている術式と同じと言うことなのか?
「いや、そうではないね。これだけじゃ断言できないけど、
方言と言うか、あるいは外国語と言うか、
そんな感じの術式と言ったら分かるかな。
いや、違うか、僕らが使っている術式の言葉に
置き換えてしまうけど、実は別物というか、
うーんどう説明したらいいのかなー」
と何やら難しく考える玲であるが、玲の言いたいことは深夜の某テレビ番組で評判になった空耳アワーで言う所の空耳になっている、と言うことである。何れにしても、どこかの国か惑星の召喚術であろうと推測した。ちなみに、玲が言うには、映像自体には特に何も感じられず、と言うことらしい。
「じゃあさ、翼がいうには、この動画を見た人の中には
何も起きてない人もいるかと思えば、
重度の精神病になった人もいるとか、
まあこれは少し大袈裟な気もするけど、
何れにしても、人によって症状が違うのは何でなん?」
「恐らくこの術式は、かなりランダムな霊体を
降霊すると思うんだよね。
その結果、全く無害な霊体が呼び出された場合もあれば、
かなり悪質な怨霊を呼び出した場合もある、
ということかなと思うけどね。
ただ、僕らが使っている術式は、
ランダムな霊体を呼び出すことは出来ないから、
その点この術式には非常に興味があるんだよね」
と何やら、玲の召喚術魂に火を付けたようだ。まあ、そんな玲は置いておいて、かすみはとりあえず今の調査結果を渡辺翼に電話で報告することにした。だが、渡辺翼は電話に出ない。何回かかけ直しても出ないが、風呂にでも入っているのかなと考えて、結局その日は電話を諦めて、LINEで簡単な報告をしておいた。
翌日の朝6時半に目覚めたかすみは、早速LINEをチェックすることにした。ところが、昨夜渡辺翼に送ったLINEに既読の文字は表示されていなかった。渡辺翼とLINEしてこんなことは初めてであり、とにかく真っ先に内容を確認したいはずだから、既読スルーすることは考えられない。となると、一体渡辺翼に何が起きたのか?不安を感じたかすみは、朝早いことを承知の上で、渡辺翼に電話を掛けることにした。
[・・・・]
[只今電話に出ることが出来ません…]
やはり電話にはでない。何かあったのかと心配になるかすみである。そこで、玲にこの件を相談してみることにした結果、玲は「神社の仕事の方は僕がやっておくから、かすみ、様子を見に行ってきな」とかすみに伝えたので、かすみは渡辺翼の所に行くことにした。と言っても、実は渡辺翼が今どこに住んでいるのかが分からないため、昔使っていたグループLINEを通じて友人の何人かにコンタクトを取って、居場所を聞くことにした。その結果、どうやら総合大学の事務職員をやっているとの情報が得られた。そして居場所は大学時代から変わってないはずだ、との情報も併せてされたのである。そうすると、今かすみが転移して向かうには相当厳しいため、ここは玲にお願いすることにした。
「じゃあ、かすみ、
何時もの洛王神社の本殿裏で良いかい?」
いいよ、と言って、早速転移門を召喚して、洛王神社の本殿裏に転移門を設置してもらった。帰りは同じ転移門から帰れるが、その時は玲に伝えないと召喚してもらえないため、そん時は宜しくと伝えて、かすみは転移していった。
かすみは渡辺翼の自宅には何度か行ったことがあるので場所は分かるのだが、問題は移動手段である。何分、洛王神社から渡辺翼の自宅まで向かうには、途中で東洛総合大学を抜けて更にその先に行く必要がある。距離にして3~4キロはありそうか。勿論転移していくことは今のかすみには可能だが、もし降霊召喚をすることになった場合、少しでも召喚エネルギーを蓄えておきたいと考えたので、転移ではなく創成召喚である物を出すことにした。それは、かすみのチャリンコ。これで急いで渡辺翼の自宅に向かって召喚解除すればエネルギー消費を抑えられると判断し、急ぎチャリを漕いで向かった。
かなりのスピードでチャリを飛ばしてきたかすみは、薄っすらと汗をかき、息を切らして一服している所である。ここは渡辺翼の住むマンション前。早速人目を避けてチャリの召喚を解除した。渡辺翼の部屋は確か3階だったと記憶していたが、念のためエントランスにある郵便受けを確認したところ、前と同じ303号室に[渡辺]の文字があることを確認した。そこで、オートロック玄関横にあるオートロックパネルに303と打ち込んで呼び出すが、何の応答もない。勿論留守にしている可能性はあるし、普通に大学に出勤していることも考えられる。ただ、念のため部屋を確認しておこうと思うのだが、オートロックの扉をどう開けるか?が問題となる。だが、運よく、朝の出勤でマンションを出ていく人がいたので、取りあえず怪しまれないように、もう一度オートロックパネルでの呼び出しを装い、しれっと侵入することにした。うーん、何かスパイになった気分、などと呑気なことを考えているかすみであったが、エレベーターで3階に行き、303号室前でインターホンを押した。だが何も応答はせず。念のため玄関ドアを確認したところ、「カチャッ」と音がして開いたのである。「えっ?」と思ったのは当然であろう。まさかドアの鍵が開いているとは夢にも思わないのだが、そうすると何か嫌な予感がしてくる。そこでかすみは、意を決して中に入った。
「おーい、翼、いるかー」
と小声で問いかけたとき、暗がりの部屋の奥から突然
「出ていけ!こっちに来るな!」
と大声を出して、しかも両手で握った包丁を前に突き出しながら渡辺翼がかすみに向かって突進してきた。まさに急な突進と渡辺翼の何かに取り憑かれた鬼気迫る形相、そして手に持つ包丁の全てがかすみの脳の中で重なることでかすみはパニック陥ってしまい、なぜか「召喚!」と叫ぶのと同時に目を閉じてしまった。あー、自分は包丁で刺されて死んだのかな、と思ったのも束の間、何の痛みも訪れない。あれ、どうした?と思い、恐る恐る目を開けた。そしてかすみの眼に飛び込んできた光景は、目の前にかすみのチャリが召喚されており、渡辺翼はそのチャリに激突した拍子に後ろに倒れてしまい、今は白目を剥いて気絶していた光景であった。召喚術では、最後に召喚した術式がそのまま効力を保ち続けるようで、同じ物を召喚する場合は最初から態々手順を踏んで召喚せずに直接「召喚」することで召喚可能だということを、昔玲に聞いていたことをかすみは思い出した。そしてこの連続召喚が、かすみの命を救ったのだ。もしチャリではなくペンとかだったら、確実に刺されて死んでいただろうと思うと、全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。まさに九死に一生を得た心境であった。
さて、白目を剥いて倒れている渡辺翼であるが、かすみの眼にはもう一つ異様な物が目に飛び込んできた。それは、渡辺翼に憑依している霊体である。恐らく例の動画で呼び出された霊体が渡辺翼に取り憑いたのであろうことは容易に想像できるのであるが、こいつは少し厄介なものだったのか、取り憑いた渡辺翼に悪意を持っていたようである。そこで、かすみは何時もの降霊召喚術を行い、無事この霊体を霊界にお見送りした。その後30分程経った頃に、漸く渡辺翼が目を覚ましたが、なぜかすみが部屋に居るのか、自分が一体どうなっていたか全く分からない有様である。そこで、かすみが事情を説明したところで、漸く自分に起きたことを理解するに至り、余りの衝撃的なことが自分に起きたことを知って、再び気絶しそうになった。流石にかすみも、そこは活を入れるが如く渡辺翼をしばくのだが、これが功を奏して漸く落ち着いたのだった。
「ゴメンね、かすみ。そして助けてくれて有難う。
この恩は一生忘れないよ」
まあ、ちょっと大げさだぞ渡辺翼、と思うかすみだが、とにかく元に戻ってくれて良かったと思った。ところで、かすみにはどうしても渡辺翼に確認しておきたいことがある。それは、
「翼、この動画、どこで手に入れたの?」
と言うことだ。どこかのサイトからストリーミングで得たとは思えず、何となくだが生データではないかと思えた。と言うのは、以前玲と心霊動画に関する話題で話していた時に、かすみは動画を見て何か影響を受けるとしたらどういうことが考えられるかについて尋ねたことかあった。その時、玲は生データであれば何か影響が出る可能性はあるかもしれないが、途中に何らかの加工、例えば繰返しのダビングとかアナログからデジタルへの変換とか、が発生した場合は多分影響は軽減されるかなくなるのではないか、と語った。そして、渡辺翼の答えはと言うと
「動画サイトに記載されていたURLから
ダウンロードしたんだ」
とのことだった。ただ、残念ながら今そのURLは[Not Found]と表示される。どうやら、この動画をばら撒いた人物は、適当にばら撒いた後でURLを閉鎖した模様。と言うことは、かなり意図的に行っている可能性が高そうである。念のため渡辺翼には、この動画を誰から紹介されたのか聞いたのだが、どこかの動画サイトの広告か何かに偶々掲載されていてそれで興味を持ってアクセスしたとか。そうすると特定の人にではなく、まさに不特定の人間に送り付けたという可能性が出て来たようだが、これ以上の進展は見込めそうもないので、渡辺翼に今後は注意するようにしっかり釘を刺して帰っていくかすみであった。なお、一応今回の除霊料金を請求することは忘れなかった(後日、ゴメンねのメッセージと共に10万円が振り込まれていた)。