召喚術師を召喚したいのですが、どうすれば良いですか?
神社の年末年始
年の瀬も押し迫った師走の12月。町は雪が降り積もる地域ではないが、この時期は北風が強く吹くことがあり、それが結構寒さを感じさせる。だが幸い、最神玲と物部かすみが働く神社は、北に低いながらも美土路山があるお陰で、この時期の神社への北風の影響はかなり軽減される。そんな美土路神社で、玲とかすみは初めて年末年始を迎える。毎年年末になると実家に帰省していたかすみは、神社の年末年始は休みがないのを承知していたので、帰省を諦めて神社での年末年始の準備に勤しんでいる。玲については言わずもがなか。基本的に神社が一番混むのは正月三が日の初詣を思い浮かべるだろうが、美土路神社のような地方の氏神を祭る神社では、その土地に長年暮らす人たちの習慣と言うか年末になると「」を行うようで、特に冬至を過ぎた頃から年末詣の参拝客が少しずつだが増えて来て、美土路神社は年末から忙しくなるのだった。とは言っても、明治神宮や伏見稲荷大社のように年末年始合わせて何十万、何百万人の参拝客が訪れる訳ではなく、年末詣では毎年数百人程、初詣でも三が日合わせて精々1万人というところか。そんな年末年始の美土路神社を玲とかすみはこれから取り仕切るのだが、幸い氏子衆がサポートに来てくれるため、彼らが働き詰めになることは決してない。
ところで、美土路神社では毎年12月初めに巫女のバイト採用を行う。毎年大体3名程を雇うのだが、今年はかすみが既に巫女要員として確保されているので、あと2名程雇う予定である。だが、昨今の人手不足の影響は美土路神社でも例外ではなく、募集を掛けても全く集まらない。そこで、氏子総代であり実質上美土路神社の管理者でもある神薙家から人を出すことになった。
「あ、かすみちゃん、お久しぶりでーす」
「おー、華蓮ちゃんじゃないか、元気にしてたか?」
かすみに挨拶したのは、高校1年生の。彼女は高校で陸上部に所属しており、背中まで伸びた黒髪に日焼けした肌が印象的かつ健康的な女子高生である。そして神薙家の長女でありかすみの従妹でもある彼女が、美土路神社での巫女の手伝いをするためにやって来た。そして、もう一人
「あ、どうも、初めまして、と言います。
よろしくお願いします」
彼女は華蓮と同じ高校に通う同級生であり親友でもある。朽木陽菜は黒髪のショートボブで顔立ちはどちらかというとかすみに似た感じである。この2名が巫女の手伝いをすることになった。
「華蓮ちゃんと陽菜ちゃん、
彼が一緒に働いている最神玲だよ」
「どうも、最神です。宜しくお願いします」
と頭を下げて先ずは大人な対応をする玲である。一方
「へー、かすみちゃんの彼氏なんだね、いいなー」
「えー、そうなの。羨ましいなー」
「おい、華蓮と陽菜ちゃん、違うよ、そこは。
あくまでも、ビジネスパートナーだからね」
となぜか華蓮と陽菜の言葉で顔を少し赤くしながら動揺するかすみ。更に、
「えー、じゃあー、私が彼女に立候補しても
良いんですよね、かすみちゃん」
「こらー、華蓮! 大人を揶揄うものじゃありません。
そんな事ばかり言っていると、
お父さんに言いつけますよ」
と何やら、姉貴風を吹かすかすみであった。まあ、これは彼女たちの日常的なやり取りなのだろう。とりあえず、かすみと華蓮と陽菜の3名で巫女業務を進めることになった。それから1時間程すると、
「かすみ、居ますか?」
との声が社務所の玄関口で木霊した。急ぎ玄関に現れたかすみは、
「あれ、お母さん。何しに来たの?」
「何しにじゃありませんよ。あなた方の指導に
来たんじゃありませんか」
そう、かすみの母親であり、神薙家の当主の姉である物部京子が、かすみと華蓮と陽菜の巫女指導にやってきたのだ。と言うのも、京子も物部家に嫁ぐ前は美土路神社で巫女の手伝いを何度かしており、ある程度のノウハウを持っている。そこで、
「かすみ、ちょっと神薙家に巫女衣装を取りに行きなさい」
と有無を言わさずにかすみを送り出した。その間かすみは、「なんでうちが行かなあかんねん」とか「玲にいかせろよ、全く」などとぶつぶつと文句を言いながら神薙家に向かった。一方京子は、玲と華蓮と陽菜の4人でお茶を飲みながら世間話をしていた。
そして、かすみが使い走りで神薙家に向かってから約30分後に、漸くかすみが大きなスーツケースを持って戻って来た。ちなみにこの時のかすみは、転移を使わず自力で往復した。後で自宅で寛いでいた時に「どうして転移使わなかったの?」と玲に聞かれたが、かすみは「何か腹が立って転移することすら忘れてたわ、ふん」と思い出した途端にまた腹が立ったのだった。
「かすみ、ご苦労様。じゃあ早速、着替えましょうかね」
とかすみが休む暇を与えず、京子はテキパキと集会室で準備を始めた。そしてかすみは、使い走りさせられたことにまだご立腹のようで、その矛先を早速玲に向けて「玲、覗くなよ!」ときつく釘を刺して勢いよく扉を閉めて部屋に入った。勿論玲は着替えに同席する気はないが、かすみに良いように弄られてしまい、「覗くわけないだろ!」とかすみの背に向かって抗議するが、残念ながらかすみには届かなかった。そこでそのまま社務所の受付で一人留守番をすることにした。それから30分後に、
「どう、玲、こんな感じだけど」
と言ってまず集会室から最初に出て来たのがかすみ。先ほどまで苛々していた態度が嘘のように無くなって、今は何時ものかすみに戻っていた。やはりファッション好きのかすみは、何か新しい衣装に袖を通すと嫌なことは忘れるようである。そしてかすみが玲に感想を求めた姿、その恰好はまさに巫女装束そのものであり、上は白い小袖の白衣(「はくえ」とか「しらぎぬ」と呼ばれる)に下はという出で立ちである。「おー、まさに巫女さんだね」とは玲の感想。これ以上の感想はないのだが、なぜかかすみにはご不満なようで、「はー、そんだけなん?」と何やら不穏な表情を浮かべるのだ。かすみの後で陽菜と華蓮も同じように巫女装束で現れたが、華蓮の方は更に長い黒髪をと呼ばれる和紙でまとめた上から水引でしばって髪留めとした結び方をして現れた。まさに彼女の方が「ザ・巫女」であろう。だがあまり見惚れているとかすみに何を言われるか分からないので、ここで玲はかすみの巫女装束姿を、早速スマホでパシャリと写真を撮った。
「おい、玲、何を勝手に写真撮ってんのよ」
とかすみは抗議するが、
「いやいや、かすみも、
祭りの時に僕の写真を勝手に撮っただろ。
ちなみに、僕はどこにも送らないから、
あくまでも僕のコレクションになるだけだから、
安心して」
「何がコレクションだー、キモいぞー」と叫ぶかすみであるが、玲は全く動じない。そのうち、集会室から京子が顔を出して
「かすみ、キモいとか、はしたないですよ」
と注意される始末。一方の華蓮は、「かすみちゃんが嫌がるなら、私が撮ってもらうおうかな」などと挑発するため、かすみはあっちからもこっちからも攻撃を受けるような感じとなり殆どパニクっている状況。遂には、「くそ、玲の奴、覚えておけよ」と玲に八つ当たり気味の捨て台詞を吐くに至った。あー、玲の運命や如何に。その後、かすみ、華蓮、陽菜の3人は巫女の作法やら、年末年始における振る舞いなどを京子からみっちりと伝授された。なお神社の飾りつけ一切は氏子衆が毎年行っているので、玲とかすみはに関しては、これで新年を迎える準備が何とか整った。
年末詣も確かに参拝者はいたのだが、やはり大晦日31日の夜から徐々に参拝者が増えだした。ちなみに、社務所に玲とかすみが詰めているのは1月1日の午前1時までであり、それ以前に未成年の華蓮と陽菜は大晦日の午後10時までが法律の上限であるため、それ以降はかすみだけが巫女業務の対応を行った。それでも、玲と氏子衆のサポートのお陰で何とか滞りなく仕事を終えた。そして、無事に元旦を迎えた。
玲ことカーンフェルトは地球に転生してきてから初めて初日の出を体験した。尤も、カーンにとっては、特に何か感じるものがあるわけではないのだが。一方隣に佇むかすみは、何やら胸の前で両手を合わせてぶつぶつと呟いていた。恐らく何やら願い事か何かをしているのだろう。そして、
「さあて、今日も頑張るぞー」
と気合を入れて、社務所に向かった。この時間でも既に初詣客は百人近くが参拝しており、午前8時に社務所の扉が開くと同時に、お札やを買いに来る参拝客で早速混みだした。そんな慌ただしい元日の午前を無事にこなした玲とかすみ、そして臨時バイトの華蓮と陽菜である。昼食は交代で、社務所の集会室で氏子衆が用意したおせち料理に舌鼓を打ちながら束の間の正月を味わっていたが、早速かすみが社務所に戻って業務を再開して暫くした時に、若いカップルが社務所にやってきた。と言っても彼らは御神籤やお札を買いに来たわけではなく、何やら深刻そうな表情をして社務所でサポート業務をしていた玲に対し
「すいません、こちらに女性用の
〇〇のブランド物の財布って届いてませんか?」
と尋ねてきた。どうやら財布を落としたようだ。だが、こちらには何も届けられていないので、対応に出た玲はそのように答えた。すると、
「すいません、男物の財布ってこちらで
預かってたりしませんか?」
と今度は別のカップルの男性が先客の若いカップルの後方から玲に声をかけてきた。ん、こっちもか?と、何やら犯罪の匂いがしてくるのだった。ちなみに、かすみは華蓮と陽菜と共に只今絶賛巫女対応中のため、身動きは取れない。そこで、一度社務所の玄関に向かいがてら白猫のにくたまを召喚した。そして彼を抱き上げて何やら呟いてから一旦下に下ろし、玲は社務所の引き戸を開けて彼らに対応することにした。その時、にくたまは最初に尋ねてきたカップルの女性の足元でクンクンと匂いを嗅いだかと思ったら、さっと何処かに走り去った。
「えっと、皆さんもしかして財布ですか?」
なんと、そこには6人の若者や中年の男女が集まって、全員頷いた。これって、集団スリか何かの被害者なのか、と思わずにはいられない状況である。そこで、玲は直ちに電話で警察に連絡を入れて、彼らを一旦社務所の中で待機してもらうことにした。とその時、早々とにくたまが戻ってきた。そして、
「ご主人様、先ほどの女性の財布を
持っていた者がわかりました」
と玲に対してニャーニャーと鳴いた。玲はしゃがみ込んでにくたまの頭を撫でながら「でかしたぞ、にくたま」と呟いて、財布の持ち主のカップルに声をかけて、一緒ににくたまの後を急ぎ足で付いていった。石段を下りた道の前方50mほどの所で、一人の若い男が手に何かを持ったまま辺りをきょろきょろしながら歩いているのが目に入った。「あの男です」とにくたまが言うので、玲はその男に向かって走りながら、男の足元前方に召喚門を設置してちょっとしたコンクリートブロックを召喚した。すると男はそのブロックにいて前方に派手に倒れこんでしまった。と同時に玲は召喚を解除して痕跡を消した。「いてー」と突然何かにいて倒れた拍子に、男の手から財布が転がり落ちた。
「あ、私の財布です!!」
と叫んだのは玲と一緒に駆け付けたカップルの女性であり、そして直ぐに地面に転がっている財布を拾い上げた。中身を確認するとお札はなく小銭だけ。そこで、カップルはその倒れこんだ男に対し、
「おい、この財布から金を抜き取ったんだろう!」
と彼氏が問い詰めるが、その男は痛みを堪えながら
「そ、それはそこで拾ったんで、
こ、これから交番に届けに行こうとしただけだ」
と叫んでいる。と、丁度その時、社務所にて待機してもらっていた他の落とし主達も、玲とカップルが急ぎ駆け出したのを見て本能的に彼らを追ってきた。そして、痛みで地面に転がる男が何とか上半身を起こして、それから立ち上がろうとしたとき、男の着ていたダウンジャンバーの下の隙間から財布が転がり出てきた。男は咄嗟に拾おうとしたが、「あ、俺の財布!」、「これは私の財布!」と口々に叫んでその男の足元から財布を取り戻した。こうなると、そこで拾ったという嘘がばれてしまった。そんな彼らに囲まれた男は、その後現場に駆け付けた警察官によって連行された。勿論、被害に遭った人達も事情を聴くのと被害届を出すために警察官と連れ立って交番に向かった。
夕方になった頃、最初に訪ねてきた若いカップルが社務所に再び顔を見せて玲にお礼を述べつつ、警察から聞いたことを彼に話した。なお、その頃には少しだけ参拝客が減っていたので、かすみは玲の傍で聞き耳を立てていた。そして彼らが語ったところによると、
その男はやはりスリであった。そして仲間と集団で行っていた訳ではなく、彼が単独で行っていたがあまりに順調に気づかれずに財布をれたことから、調子に乗って複数人を相手にしたという。そのため、本来ならスリは足がつかないように、早い段階で掏った財布だけをゴミ箱などに捨てて行方をますべきだったが、調子に乗って長く現場にいたことが災いし、捨てる場所を探していた時に玲達に見つかったのだった。その後彼らが掏られた現金は無事戻って来たということで、玲に再度感謝してその場を去っていった。さて、
「おや、おや、玲さん、新年早々大活躍でしたねー」
玲が振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべるかすみが聞き耳を立てていたところだった。とは言っても、今回はかすみに何かされる謂れはなく、しかもかすみはその時巫女業務の真っ最中だったので彼女に頼むことはできなかった。そんなことを玲は額に汗を浮かべながらかすみに説明したのだが、かすみはなぜかゆっくりと
「おやー、玲さん、私は別にあなたに何かするとかは
考えなかったんだけどねー、
何か後ろめたいことでもあったんですかー?」
と背筋がゾクリとするような台詞を吐くのである。そして、
「もう、単にお疲れーというと、
あんたのことだから慢心するでしょ?
だ、か、ら、そうならないように
戒めの意味を込めて言っただけ、分かった」
全く、かすみにはお手上げです、と心の中で呟く玲だった。