曖昧な記憶の、その隣で
彬はすぐに未来の前へ膝をついた。
「未来。」
「俺の声、聞こえるか?」
未来は頭を押さえたまま、小さく頷く。
「うっ……。」
「ごめん……。」
「急に頭が……。」
彬はそっと未来の肩を支えた。
「謝るな。」
「ゆっくり息をしろ。」
未来は何度か深呼吸を繰り返す。
少しずつ激しい痛みは治まり始めた。
「大丈夫か?」
未来はゆっくり目を開ける。
「……うん。」
「さっきよりは。」
視線は、床に落ちたパジャマへ向いた。
「このパジャマを見た瞬間……。」
「誰かが笑ってるような気がして。」
「何か大切なことを思い出せそうだったの。」
「でも……。」
「その先が、何も思い出せない。」
未来は唇を震わせる。
「彬とのこと、ちゃんと思い出したいのに。」
「ごめんね……。」
その言葉に、彬はたまらず未来を抱き寄せた。
「思い出さなくていい。」
「……そのままで、いい。」
腕に少しだけ力が入る。
震える背中を、ゆっくりと撫でる。
未来が落ち着くのを待ってから、そっと身体を離した。
床へ落ちたパジャマを拾い上げる。
胸が締めつけられた。
(真二からの……プレゼントなんだろうな。)
(未来は、真二との思い出を思い出そうとしてる。)
(俺との思い出じゃない。)
それでも。
未来は今、必死に**「彬との記憶を取り戻したい」**と言ってくれた。
その優しさが、余計に胸を苦しくする。
(記憶が戻れば……。)
(未来はきっと、真二のところへ帰る。)
それでもいい。
未来が笑っていられるなら。
そう思うしかない。
彬は胸の痛みを押し殺し、いつものぶっきらぼうな声で言った。
「無理に思い出そうとするな。」
「医者にも言われただろ。」
「焦ると余計に負担がかかる。」
未来は小さく頷く。
「……うん。」
彬は立ち上がり、未来へ手を差し伸べた。
「今日は必要な物だけ持って帰ろう。」
「続きは、また体調がいい時でいい。」
未来はその手を見つめる。
そして、そっと自分の手を重ねた。
「……ありがとう、彬。」
その温もりに、彬は一瞬だけ目を細める。
「帰るぞ。」
そう言って荷物を持ち上げる。
部屋を出る直前、未来はもう一度だけ振り返った。
静かな部屋。
そこには、大切な思い出が眠っているはずなのに。
なぜか、この部屋へ戻りたいとは思えなかった。
思い出したい。
それなのに、心のどこかが拒んでいる。
胸の奥がざわつき、理由の分からない不安だけが静かに広がっていく。
――この部屋には、思い出したくない何かがある。
そんな気がしてならなかった。
未来は小さく息を吸うと、ゆっくりとドアを閉めた