悪役令嬢は世界のバグを修正する
空中に浮かんでいた赤い文字が、ゆっくりと薄れていく。
REWRITE REQUIRED
その表示も、
やがて光を失い、
静かに消えた。
まるで最初から存在しなかったかのように。
同時に――
舞踏ホールに音が戻る。
弦楽器の旋律。
軽やかなリズム。
楽団の演奏が再び流れ出す。
凍りついていた人々の動きも、
何事もなかったかのように再開する。
令嬢がグラスを口元へ運び、
貴族が笑いながら言葉を続ける。
踊っていた男女が回転を終え、
次のステップへ移る。
舞踏会は、
完全に元通りになっていた。
誰一人として、
異変に気づいていない。
音が消えたことも。
時間が止まったことも。
空に浮かんだ文字も。
何も。
すべてが、普段通りの世界。
だが。
レティシアだけは、
その場に静かに立ったまま、
動かなかった。
胸の奥で、
一つの確信が形になっている。
今見たもの。
聞いたもの。
理解したこと。
それはすべて――
幻ではない。
この世界は、
ただの現実ではない。
物語のような構造を持ち、
脚本のような流れで動き、
そして今、
その構造が崩れ始めている。
レティシアはゆっくりと窓の外を見る。
夜空。
王都の上に広がる静かな星空。
無数の星が輝いている。
美しい、
何の変哲もない夜。
レティシアはその空を見上げたまま、
小さく呟く。
「世界が……」
一瞬、言葉を止める。
そして、
静かに続けた。
「バグっているのね」
その声は、
誰にも聞こえないほど小さい。
しかし。
まるでその言葉に応えるように、
夜空の星が――
ちらりと揺れた。
一瞬だけ。
ノイズのような、不自然な瞬き。
まるで、
巨大な画面に走る小さな乱れのように。
次の瞬間には、元の星空へ戻る。
静かな夜。
何も変わらない世界。
だが。
レティシアだけは知っている。
この世界は今、
確実に――
壊れ始めている。