悪役令嬢は世界のバグを修正する
舞踏会の騒動から、数日が過ぎていた。
王都の朝は、まだ静かだった。
朝霧の残る貴族街を、一台の馬車がゆっくりと進んでいる。
深い紺色の車体。
扉には、銀で刻まれた紋章。
――アルヴェルン公爵家。
御者台の前を歩く騎士たちが、通りの人々に道を開けさせる。
公爵家の馬車が通ると、貴族の使用人たちは自然と頭を下げた。
その馬車の中。
柔らかな座席に腰掛けているのは、一人の少女だった。
レティシア・アルヴェルン。
白銀に近い金髪が、朝の光を受けて静かに輝いている。
長い睫毛の下の瞳は、落ち着いた蒼。
その表情には、貴族令嬢らしい優雅さと、どこか冷静な知性が同居していた。
レティシアは、窓の外を眺めている。
石畳の通り。
整然と並ぶ貴族の屋敷。
手入れされた庭園。
王都の朝は穏やかだった。
やがて、街並みの向こうに高い塔が見えてくる。
尖塔がいくつも並ぶ、巨大な白い建物。
王国の誇る学府。
王立アルカディア学園。
王族、そして上級貴族の子女のみが通うことを許される、
王国最高の教育機関である。
学園の塔が朝日に照らされ、遠くからでもその威厳が感じられた。
レティシアはその光景を静かに見つめる。
ほんのわずかに、息を吐いた。
そして小さく呟く。
「……久しぶりね」
その声は、穏やかだった。
舞踏会の夜。
王太子による公開断罪。
そして――
それを覆した一連の出来事。
あの騒動のあと、レティシアは数日間、学園を休んでいた。
社交界は騒然としていたし、学園でも噂が広がっていることは容易に想像できた。
だからといって、特別な感情はない。
ただ事実として、
今日が最初の登校日というだけだ。
馬車はゆっくりと速度を落とす。
遠くに見えていた学園の門が、少しずつ近づいてくる。
高い白石の壁。
巨大な鉄門。
その上には、王国の紋章が刻まれていた。
学園の敷地は広大で、まるで小さな都市のようだ。
門の前には、すでに多くの馬車が集まっていた。
侯爵家、伯爵家、騎士家。
次々と学生たちが降り立ち、校舎へ向かっている。
その光景を眺めながら、レティシアは静かに目を細める。
(……さて)
舞踏会の事件。
あの夜の出来事は、王都の社交界にとっては大事件だった。
当然、
学園にも噂は届いている。
おそらく――
今日の学園は、
少し騒がしい。
だが。
レティシアの表情には、まったく動揺がない。
ただ静かに、馬車が門へ向かうのを見つめていた。
やがて馬車はゆっくりと停止する。
御者が扉の前に回り、恭しく頭を下げた。
「お嬢様。到着いたしました」
レティシアは小さく頷く。
そして、
静かに立ち上がった。
――王立アルカディア学園。
新しい日常が、
今、始まろうとしていた。