悪役令嬢は世界のバグを修正する
王立アルカディア学園。
その本館の一角にある講義室は、静かな威厳を漂わせていた。
石造りの壁。
高い天井。
半円形に並ぶ階段状の席。
学生たちはその席に座り、中央の講義台を見下ろす形になっている。
講義台の後ろには巨大な黒板。
そこにはすでに、複雑な魔法式が書き込まれていた。
円形の魔法陣。
属性記号。
魔力の流れを示す矢印。
普通の学生には難解な図式だが、ここは王立アルカディア学園。
貴族子女のエリートが集まる場所だ。
それでも、教室には落ち着かない空気が漂っていた。
学生たちが小声で話している。
原因は明らかだった。
昨日の授業。
魔法実技。
学生の一人が身を乗り出して言う。
「昨日の火球見た?」
隣の男子生徒が頷く。
「ああ」
「見た」
信じられないという表情だ。
「魔力半分だったらしいぞ」
後ろの席から声が上がる。
「マジで?」
「教授が言ってた」
さらに別の学生が言う。
「しかも揺らぎゼロ」
「ありえないだろ」
ざわざわとした空気が広がる。
令嬢たちも囁き合っていた。
「詠唱も短かったって」
「Ignisだけよ?」
「それであの火球……」
一人の学生がぽつりと呟く。
「公爵令嬢やばい」
その言葉に、何人かが小さく頷いた。
そして、
視線が自然と一か所へ集まる。
教室の中ほど。
窓際の席。
そこに座っているのは、
レティシア・アルヴェルン。
銀色の髪を持つ公爵令嬢。
昨日の魔法実技の中心人物。
多くの視線を浴びているが、
本人はまったく気にしていない様子だった。
背筋を伸ばし、
静かに席に座っている。
周囲の会話にも、
噂にも、
特に反応を示さない。
まるで、
自分のことではないかのように。
その時。
講義室の扉が開いた。
きぃ、と重い音が響く。
学生たちの会話がぴたりと止まる。
入ってきたのは、
白髪の老教授。
アルドリック教授だった。
長いローブを揺らしながら講義台へ歩く。
その姿を見て、
学生たちは自然と姿勢を正した。
ざわめきは消え、
教室は静寂に包まれる。
アルドリック教授は講義台に立つと、
ゆっくりと学生たちを見渡した。
そして、
落ち着いた声で言う。
「では」
「魔法理論の授業を始めましょう」
講義が始まった。