悪役令嬢は世界のバグを修正する
教室はまだ静まり返っていた。
レティシアの言葉の意味を、学生たちは理解できていない。
「文字ではない」
その発言だけでも十分に奇妙だった。
アルドリック教授は静かに問いかける。
「では」
「何だと言うのです?」
レティシアは一度だけ石板を見る。
黒い石。
そこに刻まれた無数のルーン。
そして答えた。
「これは」
小さく、しかしはっきりとした声。
「構造式です」
その瞬間。
教室の空気が止まった。
「構造式?」
「どういう意味?」
学生たちは困惑した顔をする。
言葉の意味は分かる。
だが、何を指しているのかが分からない。
魔法理論の授業を受けている学生でも、
その言葉はあまりにも高度すぎた。
だが――
一人だけ違う。
アルドリック教授だった。
彼の瞳が大きく見開かれる。
(構造式……?)
その言葉は、
魔法理論の最深部にある概念。
魔法を言葉ではなく構造として捉える理論。
高度な研究者しか扱わない分野。
普通の学生が口にする言葉ではない。
教授の胸の中で、
ある可能性が浮かぶ。
(この生徒は……)
レティシアを見つめる。
静かに席に座る銀髪の令嬢。
(古代魔法を理解している?)
そんなはずはない。
だが、
今の魔法実技。
そしてこの発言。
すべてが説明できてしまう。
その時だった。
レティシアの視界が――
わずかに揺れる。
ほんの一瞬。
空気が歪むような感覚。
視界の端に、
赤い光が走った。
そして現れる。
SYSTEM CHECK
赤い文字。
一瞬だけ。
誰にも見えていない。
すぐに消える。
教室は何事もないまま続いている。
学生たちはまだ石板の話をしている。
アルドリック教授も気づいていない。
だが、
レティシアだけは理解していた。
(やっぱり……)
胸の奥で、確信が形になる。
(この世界)
ほんの少し視線を落とす。
石板のルーン。
魔法構造。
そして舞踏会で見た赤い文字。
(プログラムみたい)
静かに、
だが確実に。
この世界の秘密が動き始めていた。