悪役令嬢は世界のバグを修正する
攻撃がすべて消えたあと、
結界の中に静寂が落ちた。
ディオンが立っている。
レティシアも立っている。
距離はそのまま。
だが空気が違う。
ディオンの額に汗が浮かぶ。
自分の魔法が、
触れられただけで消えた。
理由が分からない。
理解できない。
それが一番怖い。
ディオンが歯を食いしばる。
「……ふざけるな」
足元に魔法陣が浮かぶ。
今度は本気。
詠唱を省略し、
戦闘術式を直接起動する。
複合魔法陣。
火と雷の二重展開。
さらに魔法剣に魔力を流す。
刃が青白く光る。
観客席がざわめく。
「本気だ」
「ディオン全開だぞ」
「これは危ない」
教師が低く言う。
「次で決まるな」
ディオンが踏み込もうとした。
その瞬間。
レティシアの指が、
ほんの少しだけ動いた。
詠唱はない。
大きな魔力もない。
ただ、
風が走った。
細い風。
ほとんど見えないほどの流れ。
だがその風は、
ディオンではなく、
足元の魔法陣に触れた。
一瞬。
魔法陣の線が揺れる。
次の瞬間。
崩れた。
円が歪む。
符号が外れる。
接続が切れる。
魔力の流れが止まる。
ディオンの目が見開かれる。
「な――」
言葉が終わる前に、
魔法剣の光が消えた。
術式が維持できない。
武器から魔力が抜ける。
手が滑る。
剣が落ちる。
金属音が結界に響いた。
同時に、
足元の魔法陣が完全に消える。
魔力供給断絶。
戦闘術式停止。
結界が反応する。
強く光る。
判定術式が作動。
空中に表示が出る。
戦闘不能判定
勝敗決定
試験官が一瞬言葉を失う。
そして、
遅れて声を出す。
「……勝者」
少し間。
まだ誰も動かない。
「レティシア・アルヴェルン」
沈黙。
演習場全体が止まった。
誰も声を出さない。
何が起きたのか、
分からない。
ディオンが立ったまま固まっている。
レティシアは動いていない。
ただ指を動かしただけ。
次の瞬間。
観客席が爆発した。
「何が起きた!?」
「今何した!?」
「攻撃してないぞ!」
「魔法陣壊れた!?」
「干渉したのか!?」
教師席でも騒ぎになる。
「ありえん!」
「術式破壊!?」
「いや違う!」
アルドリック教授が立ち上がる。
目を見開いたまま言う。
「……制御核を外した」
誰も理解できない言葉。
研究所の観察官が立ち上がる。
「構造干渉……」
騎士団関係者が低く言う。
「一瞬で無力化した」
「実戦なら終わりだ」
カイルが無言で見ている。
拳を握る。
だが怒りではない。
驚きでもない。
理解できないものを見た顔。
「……なんだあれ」
観客席。
セシリアが小さく笑う。
「だから言ったでしょ」
静かに呟く。
「あの子、普通じゃないの」
結界の中央。
レティシアは静かに立っている。
勝った実感もない。
達成感もない。
ただ、
少しだけ目を細める。
視界の端に、
赤い文字が浮かぶ。
BATTLE CLEAR
STRUCTURE CONTROL CONFIRMED
すぐ消える。
胸の奥で思う。
(やっぱり……)
ゆっくり息を吐く。
(魔法はコード)
周囲のざわめきが遠く聞こえる。
(そして)
結界の光を見る。
空を見る。
世界を見る。
(これは……書き換えられる)