悪役令嬢は世界のバグを修正する
演習場のざわめきは、
試合が終わっても消えなかった。
結界が解除されても、
誰もすぐには席を立たない。
視線はすべて、
中央に立つ一人の少女へ向いていた。
レティシア・アルヴェルン。
ただ風を使っただけ。
それだけなのに、
戦闘は終わっていた。
教師席。
一人が低く言う。
「……今のを見たか」
隣の教師が答える。
「ああ」
少し間。
「魔法を破壊したんじゃない」
別の教師が口を挟む。
「干渉だ」
「術式そのものに触れていた」
さらに別の教師。
「そんなことできるはずがない」
沈黙。
そして、
アルドリック教授がゆっくり言う。
「……古代魔法」
全員が振り向く。
教授は視線を結界に向けたまま続ける。
「現代魔法は術式を組む」
「だが古代魔法は違う」
「構造そのものを扱う」
誰も声を出さない。
教授の声だけが響く。
「もしあれが本当に構造干渉なら……」
小さく呟く。
「ありえない」
場が重くなる。
その少し離れた席。
王宮魔法研究所の観察官たちが、
無言で記録を取っていた。
一人が低い声で言う。
「対象、レティシア・アルヴェルン」
別の観察官。
「予選満点」
「本戦、構造干渉確認」
紙に書き込む。
危険度評価欄。
少しだけ迷い、
ペンを動かす。
要観察
さらに別の観察官が言う。
「……危険だな」
「現代魔法体系の外にいる」
静かな声。
「管理不能の可能性」
紙が閉じられる。
騎士団席でもざわめきが残る。
「今の見たか」
「ああ」
「実戦なら終わってた」
「一瞬だったな」
一人が低く言う。
「味方ならいい」
少し間。
「敵なら最悪だ」
観客席。
カイルが立ったまま動かない。
目はずっと、
結界の中央を見ている。
拳を握る。
自信があった。
勝つつもりだった。
だが今、
その確信が揺れている。
小さく呟く。
「……なんだよ」
誰にも聞こえない声。
「あれ……魔法か?」
少し離れた席。
セシリアが静かに笑う。
楽しそうに。
誇らしそうに。
そして小さく言う。
「だから言ったのよ」
隣の令嬢が聞き返す。
「何をですか?」
セシリアは肩をすくめる。
「あの子」
優しく笑う。
「普通じゃないの」
結界の中央。
レティシアは静かに歩き出す。
歓声もざわめきも、
どこか遠い。
興味がない。
勝った感覚もない。
ただ、
少しだけ目を細める。
視界の端に、
赤い光が走る。
SYSTEM BATTLE CLEAR
一瞬だけ表示。
すぐ消える。
レティシアの足が止まる。
誰にも気づかれないほど、
ほんのわずかに。
胸の奥で思う。
(やっぱり……)
ゆっくり息を吐く。
(魔法はコード)
さっき見えたものを思い出す。
線。
式。
接続。
構造。
(術式は書ける)
空を見上げる。
結界の残光が揺れている。
(なら……)
ほんの一瞬だけ、
赤いノイズが走る。
SYSTEM MONITORING
消える。
レティシアの心の中。
静かな声。
(この世界……)
指先を少しだけ握る。
(書き換えられる)
風が吹く。
遠くで次の試合の準備が始まる。
だが物語は、
もう別の段階に入っていた。
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