悪役令嬢は世界のバグを修正する
巨大火炎は消えた。
さっきまで空を覆っていた赤は、
跡形もなく消滅している。
残っているのは、
わずかな熱気と、
揺れる結界の光だけ。
観客席が静まり返る。
誰も声を出せない。
何が起きたのか、
理解が追いつかない。
フィールド中央。
カイルが立ち尽くしていた。
手はまだ前に出したまま。
詠唱の姿勢のまま。
目だけが揺れている。
「……消えた……?」
自分の魔法が、
消えた。
壊された。
そんなことがあるはずがない。
視線の先。
レティシアが立っている。
静かに。
何もしていない顔で。
カイルの呼吸が乱れる。
(今……)
頭の中で必死に考える。
(何をされた……?)
だが、
答えが出る前に。
レティシアが動いた。
一歩だけ。
前に出る。
それだけ。
魔力の爆発もない。
詠唱もない。
ただ、
足を踏み出しただけ。
その瞬間。
風が走る。
目に見えないほど細い流れ。
だが、
一直線に伸びる。
カイルの足元へ。
展開していた補助魔法陣へ。
触れる。
――パキッ
術式が割れる。
魔法陣が崩れる。
光が乱れる。
接続が外れる。
制御が切れる。
カイルの身体がわずかに揺れる。
「っ!?」
握っていた剣が、
手から落ちた。
金属音が響く。
結界が反応する。
柱が光る。
審判の教師の前に、
判定魔法が浮かぶ。
数秒。
沈黙。
そして。
教師が叫ぶ。
「……戦闘不能判定!」
一瞬の間。
「勝者――レティシア・アルヴェルン!」
完全な静寂。
観客席。
誰も動かない。
誰も声を出さない。
ただ、
全員が同じ顔をしている。
理解できない。
一人が呟く。
「……は?」
その一言で、
空気が壊れた。
ざわめきが爆発する。
「今何した!?」
「火炎消えたぞ!?」
「また壊した!」
「魔法壊したぞ!!」
「意味分からん!!」
騎士団席でも声が上がる。
「干渉だ……」
「しかも一点だけで……」
研究所の観察官が震えた声で言う。
「構造破壊……」
「完全解析……?」
教師席。
アルドリック教授が立ち上がっていた。
目を離せない。
「……ありえない」
低い声。
「学生の技術じゃない」
フィールド中央。
カイルはまだ立っている。
だが、
力が抜けていた。
剣は地面。
魔法は消失。
結界判定済み。
完全敗北。
目の前に、
レティシアがいる。
静かに立っている。
カイルの唇がわずかに動く。
「……なんで」
声が出ない。
悔しさも、
怒りも、
出てこない。
ただ分かる。
勝てない。
根本が違う。
レティシアは何も言わない。
勝った顔も、
誇る顔も、
していない。
ただ、
少しだけ視線を逸らす。
そして心の中で思う。
(やっぱり……)
一瞬だけ、
視界の奥に赤い光が走る。
SYSTEM BATTLE RESULT UPDATED
すぐ消える。
誰にも見えない。
レティシアだけが、
小さく息を吐く。
(イベントだ)
歓声が響く。
大会が揺れる。
だが彼女だけは、
静かだった。