悪役令嬢は世界のバグを修正する
応接室。
テーブルの上には、
まだ大量の招待状が残っていた。
封筒の山。
白い紙。
金の縁。
家紋入りの封蝋。
一つ一つが重い。
ただの紙なのに、
妙に圧がある。
セシリアは椅子に座ったまま、
次の封筒を手に取った。
少しだけ表情が変わる。
封蝋を見て、
小さく息を吐く。
「……これね」
レティシアが顔を上げる。
「なに」
セシリアはゆっくり封を切る。
中の紙を開く。
目で文章を追う。
そして、
ふっと笑った。
「やっぱり来た」
レティシアは黙って見ている。
セシリアが紙を持ったまま言う。
「王都名門主催」
少し間を置く。
「春の貴族茶会」
レティシアの目がわずかに動く。
セシリアは続ける。
「今年最初の大イベント」
紙をテーブルに置く。
指で軽く叩く。
「ここから始まるのよ」
レティシアが聞く。
「なにが」
セシリアは笑う。
「社交界」
一拍。
「シーズン開幕」
部屋が静かになる。
外では庭師の鋏の音がしている。
普通の朝。
何も変わらない。
なのに、
その言葉だけが重かった。
セシリアが封筒の束を指す。
「この時期はね」
「全部ここに繋がるの」
「茶会」
「夜会」
「舞踏会」
「婚約会」
「令嬢サロン」
指を止める。
「全部ここから始まる」
レティシアは紙を見る。
春の貴族茶会。
綺麗な文字。
整った文面。
完璧な形式。
隙がない。
少しだけ目を細める。
「……開幕」
小さく呟く。
セシリアが頷く。
「そう」
紅茶を飲む。
「開幕よ」
レティシアは紙を見たまま、
しばらく動かない。
開幕。
開始。
スタート。
イベント。
頭の中で言葉が重なる。
その瞬間。
視界の端が揺れた。
ほんの一瞬。
赤いノイズ。
線みたいな光が走る。
レティシアの瞳が止まる。
瞬き。
消える。
何もない。
紙はそのまま。
部屋もそのまま。
セシリアが気付かずに言う。
「今年は荒れるわよ」
レティシアが聞く。
「どうして」
セシリアは肩をすくめる。
「優勝者が出たから」
一拍。
「しかもあなた」
レティシアは黙る。
少しだけ考える。
視界の奥がざわつく。
理由は分からない。
でも、
分かる気がする。
小さく呟く。
「……イベント」
セシリアが聞き返す。
「ん?」
レティシアは首を振る。
「なんでもない」
でも、
その瞬間、
本当に一瞬だけ、
赤い文字が浮かびかけた。
SYSTEM
……
すぐ消える。
誰も気づかない。
テーブルの上には、
春の貴族茶会の招待状が、
静かに置かれていた。