悪役令嬢は世界のバグを修正する
アルヴェルン家・書斎。
夕方。
窓から差し込む光が、
机の上の書類を赤く染めていた。
机の上には、
王都の家系図、
貴族名簿、
社交界の記録帳が広げられている。
レティシアは椅子に座って、
その紙をじっと見ていた。
セシリアは向かいに座り、
羽ペンで紙を軽く叩く。
「いい?」
真面目な声だった。
「さっき言ったでしょ」
「社交は戦争」
レティシアが小さく頷く。
「うん」
セシリアは紙に丸を描く。
「でもね」
「ただの戦争じゃない」
円をいくつも描く。
線でつなぐ。
「派閥戦争よ」
レティシアの視線が動く。
「派閥」
セシリアが頷く。
「王都の令嬢にはね」
指で一つずつ示す。
「王家派」
王宮の紋章に丸をつける。
「騎士派」
剣の紋章。
「魔法派」
魔導院の印。
「古貴族派」
古い家系の印。
「新貴族派」
最近の紋章。
紙の上が、
まるで戦場の地図みたいになる。
レティシアが聞く。
「全部戦うの」
セシリアは笑う。
「直接じゃないわ」
一拍。
「でも、ずっと戦ってる」
紙を指でなぞる。
「誰が上か」
「誰が強いか」
「誰が王家に近いか」
「誰が婚約できるか」
線を止める。
「全部ここで決まる」
レティシアは少し考える。
「大会みたい」
セシリアが吹き出す。
「そうね」
「もっと怖い大会だけど」
レティシアの目が紙を追う。
派閥。
線。
丸。
関係。
配置。
構造みたいに見える。
頭の奥が少しざわつく。
小さく言う。
「……私は」
セシリアが顔を上げる。
「ん?」
レティシアが紙を見る。
「どこ」
セシリアが少し黙る。
それから、
ゆっくり言った。
「どこにもいない」
レティシアの目が止まる。
セシリアは続ける。
「王家派じゃない」
「騎士派でもない」
「魔法派でもない」
「古貴族とも違う」
「新貴族でもない」
紙の中央を指す。
空白。
そこを軽く叩く。
「ここ」
一拍。
「何もない位置」
レティシアが言う。
「だめ?」
セシリアは苦笑する。
「一番危ない」
レティシアが少し首を傾ける。
「危ない」
セシリアは真面目な顔になる。
「派閥に入らない人間はね」
少し間を置く。
「全員の敵になるの」
部屋が静かになる。
外で鳥が鳴く。
レティシアは紙を見る。
空白。
線がない。
繋がってない。
孤立。
胸の奥が少しざわつく。
セシリアが静かに言う。
「狙われるわよ」
レティシアの瞳が動く。
「どうして」
セシリアは即答する。
「強いから」
一拍。
「分からないから」
もう一拍。
「邪魔だから」
沈黙。
レティシアは紙を見たまま、
小さく呟く。
「……イベント」
セシリアが聞き返す。
「え?」
レティシアは少し考える。
視界の奥が揺れる。
派閥。
配置。
評価。
排除。
全部、
決められているみたいに見える。
小さく言う。
「イベント…?」
セシリアは苦笑する。
「そうかもね」
軽く肩をすくめる。
「社交界ってそういうものよ」
レティシアは何も言わない。
でも、
視界の奥で、
ほんの一瞬だけ、
赤い線が走った。
誰にも見えないところで、
何かが動いていた。