悪役令嬢は世界のバグを修正する
アルヴェルン家・衣装室。
大きな鏡の前に、
ドレスが何着も並べられている。
淡い色。
濃い色。
刺繍入り。
宝石付き。
侍女たちが忙しく動き回っていた。
「こちらを合わせてみましょう」
「靴はこれを」
「髪飾りはどういたしますか」
部屋の中心で、
レティシアがじっと立っている。
着せ替え人形みたいに、
動かない。
セシリアは腕を組んで、
少し離れたところから見ていた。
「……うーん」
首を傾ける。
「これは違うわね」
侍女が慌てて別のドレスを持ってくる。
レティシアが小さく言う。
「多い」
セシリアが笑う。
「まだ少ない方よ」
レティシアが聞く。
「どうして」
セシリアは当然の顔をする。
「社交界だから」
一拍。
「戦争よ」
侍女の手が止まる。
レティシアも少しだけ目を上げる。
「戦争」
セシリアは鏡の前まで歩いてくる。
ドレスを一枚持ち上げる。
「ここから先はね」
「魔法より怖いわよ」
レティシアが黙って聞いている。
セシリアは指を折る。
「評価」
一本。
「派閥」
二本。
「婚約」
三本。
「支持」
四本。
「格」
五本。
指を閉じる。
「全部ステータス」
レティシアが少し考える。
「ステータス」
セシリアが頷く。
「誰が上か」
「誰が強いか」
「誰が価値あるか」
「全部見られる」
侍女がドレスを当てる。
セシリアは首を振る。
「それじゃ弱い」
レティシアが聞く。
「弱い?」
セシリアが笑う。
「社交で弱いの」
ドレスを別のものに変える。
「茶会で座る位置」
「話す相手」
「呼ばれる回数」
「婚約候補」
全部評価。
全部順位。
全部比較。
レティシアは少し黙る。
鏡を見る。
自分の姿。
ドレス。
宝石。
飾り。
全部、
戦闘装備みたいに見える。
小さく言う。
「……ゲームみたい」
侍女が一瞬止まる。
セシリアが笑った。
「そうよ」
迷いなく答える。
「ゲームよ」
レティシアが見る。
セシリアは楽しそうに言う。
「ルールがあって」
「イベントがあって」
「勝敗があって」
「ランキングがある」
少しだけ目を細める。
「そして」
小さく笑う。
「負けたら終わり」
レティシアの視界が、
ほんの少しだけ揺れた。
イベント。
ルール。
勝敗。
ランキング。
その言葉が重なる。
頭の奥で、
何かが引っかかる。
赤いノイズが一瞬だけ走る。
でも、
表示は出ない。
レティシアは鏡を見たまま、
小さく呟く。
「……イベント」
セシリアが聞く。
「何か言った?」
レティシアは首を振る。
「ううん」
でも、
心の奥で思っていた。
(また…)
少し間。
(イベントが始まる)
鏡の中の自分が、
ほんの一瞬だけ、
知らない表情に見えた。