悪役令嬢は世界のバグを修正する
茶会の前日。
アルヴェルン家の屋敷は、
朝から慌ただしかった。
廊下を侍女たちが行き来する。
布の音。
箱を運ぶ音。
誰かの指示する声。
普段は静かな屋敷が、
今日はまるで戦の前みたいだった。
衣装室。
壁一面にドレスが並んでいる。
淡い色。
濃い色。
刺繍入り。
宝石付き。
靴も、
手袋も、
髪飾りも、
全部揃えられていた。
侍女が次々に確認する。
「こちらは春の茶会用」
「こちらは夜会用」
「予備はこちらに」
別の侍女が言う。
「サイズ確認終わりました」
「装飾はこれでよろしいかと」
中央に立っているのは、
セシリアだった。
腕を組んで、
真剣な顔で見ている。
「……違う」
一言で却下する。
侍女たちが固まる。
セシリアがドレスを指す。
「これじゃ弱いわ」
別のを持ってこさせる。
「茶会よ?」
「最初の一手なのよ?」
さらに指示する。
「色はもっと柔らかく」
「でも格は落とさない」
「派手すぎない」
「でも目立つ」
侍女たちが一斉に動く。
完全に戦闘前だった。
その少し後ろで、
レティシアが立っている。
着せ替えられながら、
じっとしている。
無表情。
何も言わない。
侍女が袖を整える。
「少し腕を」
レティシアが言われた通り動く。
また止まる。
鏡の前。
自分の姿を見る。
綺麗なドレス。
整った髪。
完璧な令嬢。
でも、
どこか現実感がない。
セシリアが振り向く。
「どう?」
レティシアが少し考える。
「重い」
侍女が固まる。
セシリアが笑う。
「慣れなさい」
近づいて、
肩を軽く叩く。
「明日は戦争よ」
レティシアが小さく言う。
「戦争」
セシリアは真顔で頷く。
「ええ」
「社交界の開幕戦」
部屋が静かになる。
その言葉だけが重い。
レティシアは鏡を見る。
自分の姿。
ドレス。
装飾。
全部、
装備みたいに見える。
胸の奥が少しだけざわつく。
理由は分からない。
でも、
知ってる感じがする。
小さく心の中で呟く。
(また…)
少し間。
(イベント)
その瞬間。
視界の端が赤く光った。
一瞬だけ。
文字が出る。
SYSTEM
すぐ次の行。
SOCIAL FLAG SET
レティシアの瞳が止まる。
呼吸が少し浅くなる。
もう一度見ようとする。
でも、
表示は消えた。
鏡には、
ただの自分しか映っていない。
侍女が言う。
「お嬢様?」
レティシアは少し遅れて返事をする。
「……うん」
セシリアが首を傾ける。
「どうしたの?」
レティシアは首を振る。
「なんでもない」
でも、
胸の奥が落ち着かない。
ゆっくり目を伏せる。
心の中で思う。
(始まる)
少し間。
(止まらない)
外では、
馬車の準備の音がしていた。
明日、
春の茶会。
社交界が始まる。