悪役令嬢は世界のバグを修正する
出発の朝。
アルヴェルン家の正門前に、
豪華な馬車が止まっていた。
紋章入りの黒い車体。
金の装飾。
磨かれた車輪が光を反射している。
御者が準備を終え、
侍女たちが最後の確認をしていた。
屋敷の扉が開く。
先に出てきたのはセシリアだった。
淡い色のドレス。
完璧な姿勢。
微笑み。
いつもの優雅な令嬢の顔。
だが目だけは真剣だった。
門の前で止まり、
馬車を一度見てから言う。
「……準備いい?」
後ろから、
レティシアが出てくる。
同じように整えられたドレス。
髪も、
装飾も、
完璧。
でも表情はいつも通りだった。
静か。
感情が薄い。
セシリアが少し笑う。
「いよいよよ」
レティシアが小さく聞く。
「なにが」
セシリアは振り返る。
「開幕」
一拍。
「社交界シーズン」
少し間を置いて、
はっきり言う。
「行くわよ」
レティシアはすぐに動かない。
門の前で立ち止まる。
視線を上げる。
空を見る。
朝の空。
青い。
雲が少し流れている。
普通の空。
何も変わらない。
……はずだった。
一瞬だけ、
空に線が浮かんだ。
細い光。
重なって、
形になる。
ルーン。
前に見た形。
でも今回は、
はっきりしている。
世界の上に書かれているみたいに、
空に浮かんでいる。
レティシアの呼吸が止まる。
その瞬間。
視界の中央に、
赤い文字が出た。
SYSTEM
次の行。
SOCIAL EVENT START
冷たい光。
一瞬だけ。
すぐ消える。
空も元に戻る。
ルーンも消える。
青い空だけが残る。
後ろからセシリアの声。
「レティシア?」
レティシアは少し遅れて返事をする。
「……うん」
小さく息を吐く。
誰にも聞こえない声で、
ぽつりと言う。
「……始まった」
セシリアは気づかない。
「ほら、乗って」
馬車の扉が開く。
レティシアは一度だけ空を見る。
何もない。
でも、
確かに出た。
イベント開始。
ゆっくり馬車に乗る。
扉が閉まる。
御者が手綱を引く。
車輪が動く。
馬車が走り出す。
アルヴェルン家の門を出て、
王都の貴族街へ向かう。
春の茶会。
社交界。
令嬢たちの戦場。
そして、
次のイベントへ。