悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都・貴族学園サロン棟。
春の茶会から数日後。
王都の中心にあるその建物は、
学園の中でも特別な場所だった。
白い石造りの外壁。
大きなアーチの入口。
庭園には整えられた花壇と噴水。
普通の校舎とは明らかに違う。
ここは、
貴族令嬢専用の交流サロン。
上級貴族の娘たちが集まる場所。
言い換えれば、
社交界の縮図だった。
サロンの中では、
すでに多くの令嬢たちが集まっていた。
丸いテーブル。
銀のティーセット。
小さな菓子。
静かな音楽。
笑い声。
だが、
空気はどこか落ち着かない。
ひそひそ声が広がっている。
「ねえ」
一人の令嬢が小声で言う。
「来るの?」
別の令嬢が頷く。
「来るらしいわ」
少し間。
三人目が声を潜める。
「満点優勝の」
空気が少しだけ変わる。
別の席でも同じ話。
「見た?」
「大会の記録」
「干渉したって本当?」
「研究所が動いたって聞いたわ」
「王宮も見てるとか」
扇子の影で視線が交差する。
興味。
警戒。
嫉妬。
期待。
全部混ざっている。
一人の令嬢が小さく言う。
「どんな人なのかしら」
別の令嬢が肩をすくめる。
「怖い人じゃない?」
「魔法を壊すんでしょ?」
「そんなの普通じゃないわ」
その時。
入口の方で、
侍女が小さく頭を下げた。
扉が開く。
空気が止まる。
会話が一斉に途切れた。
入ってきたのは、
二人の令嬢だった。
先に歩いているのはセシリア。
堂々とした歩き方。
優雅な笑顔。
慣れている動き。
そして、
その後ろにレティシアがいる。
静か。
表情は薄い。
視線も動かさない。
ただ歩いてくる。
その瞬間。
サロン中の視線が集まった。
本当に、
全員だった。
誰も隠さない。
誰も逸らさない。
噂の中心が、
目の前にいる。
小さな声が漏れる。
「……あの人?」
「そうよ」
「レティシア・アルヴェルン」
「満点優勝の」
「構造干渉の」
「危険って言われてる…」
レティシアは気にしない。
そのまま歩く。
席の近くまで来て、
止まる。
少しだけ周囲を見る。
紅茶。
菓子。
令嬢たち。
全部普通。
でも、
空気だけ違う。
評価されている。
測られている。
順位をつけられている。
胸の奥が、
少しだけざわつく。
その瞬間。
視界の端が揺れた。
ほんの一瞬。
赤いノイズ。
すぐ消える。
何も出ない。
でも分かる。
始まってる。
小さく、
心の中で呟く。
(……イベント)
少し間。
(注目対象)
セシリアが横で微笑む。
「ほらね」
小声で言う。
「見られてるでしょ」
レティシアは小さく答える。
「うん」
少し間。
そして、
静かに席に座った。
その瞬間、
サロンの空気が、
ほんの少しだけ重くなった。