悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都・貴族学園サロン棟。
その奥にある一室。
王家派専用のサロン室は、
他の部屋とは空気が違っていた。
装飾は控えめだが上質。
椅子の配置も整い、
座る位置には自然と序列が生まれる。
中央の席。
そこに座っているのはエレノアだった。
背筋を伸ばし、
優雅に紅茶を口に運ぶ。
周囲には数人の上位令嬢。
王家派の中心にいる者たち。
誰も軽口を言わない。
ここでは、
言葉は武器になるからだ。
しばらく沈黙が続いたあと、
一人の令嬢が口を開いた。
「……どうなさいますの?」
エレノアはカップを置く。
音はほとんどしない。
ゆっくり視線を上げる。
「何を、かしら?」
令嬢は少しだけ迷ってから言う。
「アルヴェルン家の妹です」
「大会の優勝者」
「……レティシア様」
部屋の空気がわずかに張る。
誰も名前を出したがらなかった。
だが、
全員が気にしている。
エレノアは微笑んだ。
いつもの笑顔。
完璧な令嬢の笑顔。
「敵にする必要はありません」
静かな声。
命令ではない。
だが逆らえない声。
令嬢たちが顔を見合わせる。
「では……」
「放っておくのですか?」
エレノアは首を横に振る。
「いいえ」
少し間。
「ただ」
指先でカップの縁をなぞる。
「正しく評価されればいいのです」
その言葉に、
全員が理解しかけて止まる。
一人が小さく聞く。
「……つまり?」
エレノアは微笑んだまま答えた。
「事実を伝えなさい」
沈黙。
誰も動かない。
エレノアは続ける。
「社交が得意ではないこと」
「派閥に属していないこと」
「政治の判断を避けたこと」
「研究所が調べていること」
一つずつ、
ゆっくり並べる。
嘘はない。
だが、
並べ方で意味が変わる。
令嬢の一人が小さく息をのむ。
「それを……広めるのですか?」
エレノアは首を傾ける。
「広める?」
少し笑う。
「違いますわ」
そして、
静かに言う。
「皆が知るだけです」
「皆が見て」
「皆が聞いて」
「皆が判断する」
目が細くなる。
「それだけです」
沈黙。
だが、
もう全員分かっている。
これは命令だ。
直接言わない命令。
一人の令嬢が小さく頭を下げる。
「……承知しました」
別の令嬢も続く。
「お任せください」
「自然に伝わるようにいたします」
エレノアは満足そうに微笑んだ。
「お願いね」
その時。
窓の外で、
風が少し強く吹いた。
カーテンが揺れる。
ほんの一瞬だけ。
空気が歪んだように見えた。
誰も気付かない。
エレノアの視界の端にだけ、
赤い文字が走る。
SYSTEM
RUMOR CONTROL ACTIVE
次の行。
SOCIAL CORRECTION START
さらに。
RIVAL ADVANTAGE ↑
エレノアは瞬きをする。
表示は消える。
だが、
なぜか少しだけ笑った。
誰にも気付かれないほど小さく。
「……ええ」
小さくつぶやく。
「正しくあるべきですもの」
紅茶を一口飲む。
外では、
令嬢たちの話し声が増えていた。
噂は、
もう動き始めている。