悪役令嬢は世界のバグを修正する
貴族学園のサロン棟を出たあとも、
令嬢たちのざわめきは消えていなかった。
長い廊下。
大きな窓から春の光が差し込んでいる。
だが空気は静かではない。
小さな声が、
あちこちで生まれていた。
「……見た?」
「ええ」
「例の子でしょ」
足音を止めないまま、
令嬢たちはさりげなく話す。
誰かを見ながらではない。
けれど、
話題は一つだった。
「満点優勝らしいけど…」
「魔法大会でしょ?」
「普通じゃないわよね」
庭園のベンチ。
二人の令嬢が紅茶を飲みながら小声で話す。
「魔法しかできないって聞いたわ」
「社交は全然だって」
「今日もぎこちなかったし」
「政治の質問も逃げたらしいわよ」
別の場所。
控室の前。
三人の令嬢が笑顔のまま話している。
「どこにも付かないって言ってたでしょ?」
「王家にも」
「騎士派にも」
「魔法派にも」
少し間。
一人が小さく言う。
「……危険じゃない?」
沈黙が落ちる。
すぐに笑顔に戻る。
「まあ、でも」
「優秀なのは確かだし」
「扱いにくいだけよね」
「そうね」
その言葉が、
次の場所へ移る。
廊下。
庭園。
馬車寄せ。
控室。
同じ内容が、
少しずつ形を変えて広がる。
「魔法はすごい」
「でも社交はだめ」
「婚約向きじゃない」
「政治判断できない」
「研究所が見てるらしい」
「騎士団も注目してるって」
「危険人物かも」
誰が言い出したか分からない。
誰が始めたか分からない。
けれど、
止まらない。
流れができている。
その頃。
サロン棟の奥。
窓のそばに、
レティシアが立っていた。
人の気配は遠い。
静か。
だが。
空気が重い。
理由は分からない。
けれど、
分かる。
何かが動いている。
視界が一瞬だけ揺れる。
赤いノイズ。
文字が走る。
SYSTEM
RUMOR EVENT START
次の行。
SOCIAL PRESSURE ↑
さらに。
EVALUATION IN PROGRESS
一瞬で消える。
レティシアは目を瞬かせる。
周囲を見る。
誰も何も見ていない。
誰も何も知らない。
なのに、
空気だけが変わっている。
小さくつぶやく。
「……始まった」
廊下の向こうで、
令嬢たちの笑い声が響いた。
その中に、
ほんの少しだけ混じる。
低い声。
「扱いにくい子ね」
噂は、
静かに広がり続けていた。