悪役令嬢は世界のバグを修正する
王宮魔法研究所。
城の奥にあるその施設は、
外の社交界とは別の意味で静かだった。
石造りの観察室。
壁一面に並ぶ記録水晶。
中央の机には複数の魔法陣が展開されている。
淡い光。
低い機械音のような魔力振動。
研究員たちが無言で作業していた。
机の上に映し出されているのは、
大会の記録映像。
決勝戦。
巨大結界。
構造崩壊。
再生。
停止。
巻き戻し。
また再生。
一人の研究員が呟く。
「……やはり通常魔法ではありません」
別の研究員が頷く。
「術式ログも一致しない」
「詠唱なし」
「魔力流動なし」
「構造直接干渉」
少し間。
「危険度、上げますか」
部屋の奥。
椅子に座っている上司が目を閉じたまま言う。
「まだだ」
短い声。
だが迷いはない。
研究員が振り向く。
「しかし」
「結界改変」
「空間干渉」
「未知ルーン反応」
「すでに規格外です」
上司はゆっくり目を開ける。
映像を見る。
レティシアが結界を生成した瞬間で止まっている。
数秒見つめてから言う。
「監視は継続」
「記録も続けろ」
「だが」
少しだけ間。
「介入はするな」
研究員たちが顔を見合わせる。
「よろしいのですか?」
「このまま放置すれば」
「制御不能になる可能性が」
上司は小さく笑った。
「分かっている」
そして、
別の水晶を指差す。
そこに表示されているのは、
社交界の記録。
茶会。
サロン。
令嬢の配置図。
名前。
評価。
変化。
研究員が言う。
「社交評価、低下中です」
別の研究員が追加する。
「派閥未所属」
「王家派未接近」
「騎士派未確定」
「魔導院とも距離あり」
「孤立傾向」
上司はゆっくり頷く。
「……都合がいい」
部屋の空気が少しだけ変わる。
研究員が眉をひそめる。
「都合が?」
上司は椅子にもたれたまま言う。
「社交的に上に行かれると面倒だ」
「王家に入られても困る」
「騎士団に囲われても困る」
「貴族派閥に守られても困る」
視線を映像に戻す。
レティシアの顔。
静かな目。
「孤立している方が観察しやすい」
沈黙。
誰も反論しない。
上司が続ける。
「危険だが」
「貴重だ」
「壊すには惜しい」
「使えるかもしれない」
研究員の一人が小声で言う。
「……実験対象ですか」
上司は否定もしない。
肯定もしない。
ただ言う。
「記録を続けろ」
その時。
水晶が一瞬だけ揺れた。
映像がノイズを走らせる。
赤い線。
一瞬だけ表示。
SYSTEM
OBSERVATION ACTIVE
次の行。
TARGET ISOLATED
さらに。
INTERVENTION NOT REQUIRED
すぐに消える。
研究員たちは気付かない。
上司だけがわずかに目を細める。
だが何も言わない。
小さく呟く。
「……流れは悪くない」
水晶の中で、
レティシアが一人で立っている。
周囲に誰もいない。
研究所の光が、
静かに揺れていた。