悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都中央ホール・庭園会場。
婚約選定会の交流は続いている。
令嬢たちの笑い声。
カップの触れ合う音。
風に揺れる花。
すべてが穏やかで、
完璧に整った社交の光景。
エレノアが候補と話している。
周囲が微笑む。
令嬢たちが頷く。
誰もが納得している。
正しい流れ。
正しい結果。
そのはずだった。
――カチ。
音が、
少し遅れた。
レティシアの目がわずかに動く。
笑い声。
ワンテンポ遅れて聞こえる。
誰かがカップを置く。
音が、
ほんの少し後から鳴る。
風が吹く。
花が揺れる。
揺れが、
ずれて見える。
レティシアは動かない。
ただ周囲を見る。
(……ズレてる)
もう一度。
視線を動かす。
令嬢たち。
候補。
テーブル。
光。
全部が、
ほんの少しだけ合っていない。
空気が重なるような感覚。
音と映像がずれている。
遠くで笑い声。
遅れて届く。
レティシアの呼吸が少しだけ深くなる。
(まただ)
次の瞬間。
光が歪んだ。
庭園の中央。
空気が波打つ。
誰も気付かない。
誰も見ていない。
でも、
レティシアには見える。
空間に、
細い線が浮かぶ。
最初は一本。
次に二本。
三本。
重なる。
円。
角度。
文字のような形。
ルーン。
今まで見てきたものより、
ずっと複雑。
ずっと大きい。
空間そのものに描かれている。
会場全体を覆うように。
レティシアの瞳がわずかに開く。
(大きい)
線が動く。
位置が変わる。
人の配置に合わせて。
候補の位置。
令嬢の位置。
派閥の位置。
全部に合わせて、
ルーンが再配置される。
まるで、
会場を制御しているみたいに。
その瞬間。
視界に赤い光。
文字が浮かぶ。
SYSTEM
STRUCTURE VIEW ENABLED
次の行。
SOCIAL EVENT LAYER DETECTED
さらに。
CONTROL FIELD ACTIVE
文字が揺れる。
レティシアの指がわずかに動く。
目は空間を見たまま。
周囲の音が遠くなる。
笑い声。
会話。
足音。
全部、
少し遅れて聞こえる。
まるで別の層から見ているように。
レティシアの心の声。
(見えてる)
少し間。
(上から)
ルーンが回転する。
重なり合う。
組み替わる。
会場全体が、
一つの魔法陣みたいに見える。
そして中心。
エレノア。
そこに線が集中している。
さらに、
別の線。
レティシアへ。
細い。
弱い。
だが確かに繋がっている。
レティシアが小さくつぶやく。
「……別レイヤー」
風が吹く。
光が戻る。
音が合う。
ズレが消える。
令嬢たちは普通に笑っている。
誰も気付いていない。
セシリアが近づく。
「どうしたの?」
レティシアは少しだけ黙って、
空を見る。
もう何もない。
だが、
確信していた。
(見えた)
小さく言う。
「構造」
セシリア
「え?」
レティシアは答えない。
ただ前を見る。
婚約イベントは続いている。
でも彼女だけが、
別の層を見始めていた。