悪役令嬢は世界のバグを修正する
アルヴェルン家の屋敷。
夕方。
応接室のテーブルの上に、
数枚の封書と報告書が並んでいた。
社交会の記録。
婚約選定会の評価。
令嬢サロンの噂まとめ。
貴族家からの反応。
どれも丁寧な字で書かれている。
だが内容は、
冷たかった。
セシリアは一枚ずつ目を通す。
表情は変わらない。
けれど読む速度が少しだけ早い。
紙を置く。
次を取る。
また置く。
最後の一枚を読んだところで、
小さく息を吐いた。
「……早いわね」
向かいの椅子。
レティシアが座っている。
紅茶を飲んでいる。
いつも通り。
何も変わらない顔。
セシリアが言う。
「婚約会の評価、出たわよ」
レティシア
「そう」
セシリア
「戦闘能力最高」
「魔法評価最高」
「制御能力最高」
紙をめくる。
「社交評価……低」
少し間。
「政治評価……低」
さらに。
「婚約適性……低」
レティシアはカップを置く。
「そうなんだ」
それだけ。
セシリアが眉を寄せる。
「……それだけ?」
レティシア
「困らないし」
セシリアが机を指で叩く。
軽く。
だが苛立っている。
「困るのよ」
レティシア
「どうして」
セシリアは次の紙を取る。
噂まとめ。
声に出して読む。
「魔法しかできない」
「社交不適格」
「婚約不向き」
「研究所案件」
「危険人物」
紙を置く。
「ここまで来てる」
レティシアは少しだけ考える。
「多いね」
セシリアが笑う。
乾いた笑い。
「多いわね」
少し沈黙。
セシリアの目が変わる。
完全に社交界の目。
冷静で、
計算していて、
容赦がない目。
「このままだと」
ゆっくり言う。
「排除されるわ」
レティシア
「排除」
セシリア
「社交界から」
「婚約候補から」
「派閥から」
「政治から」
「全部よ」
レティシアは少し考える。
そして言う。
「別にいい」
セシリアの手が止まる。
「……は?」
レティシア
「研究できるし」
「困らない」
セシリアが立ち上がる。
椅子がわずかに鳴る。
ゆっくり歩く。
窓の前へ。
外を見る。
庭。
夕日。
静かな光。
少し黙る。
そして小さく言う。
「だめね」
レティシア
「?」
セシリアが振り向く。
その顔は、
完全に社交界の顔だった。
「これは普通の噂じゃない」
「速すぎる」
「整いすぎてる」
「誰かが流してる」
少し間。
「しかも上から」
レティシアの目がわずかに動く。
「上」
セシリア
「王家派」
「古貴族」
「研究所」
「騎士団」
「全部様子見してる」
机の紙を指で叩く。
「つまり」
「切ってもいい位置に置かれてる」
レティシアは静かに聞いている。
セシリアが言う。
「このままだと」
「婚約会の結果で固定される」
「社交不適格」
「危険枠」
「研究所送り候補」
少し間。
「最悪」
「政治から消される」
レティシア
「そうなんだ」
セシリアが目を閉じる。
深く息を吸う。
そして。
笑った。
今までと違う笑い。
覚悟を決めた笑い。
「……いいわ」
レティシア
「?」
セシリアが椅子に戻る。
ゆっくり座る。
そして言う。
「なら」
「やるしかないわね」
レティシア
「何を」
セシリアは微笑む。
完璧な、
社交界の笑顔。
「社交よ」
少し間。
「本気の」
空気が変わる。
部屋の温度が変わったように感じる。
レティシアの目がわずかに細くなる。
セシリアが続ける。
「排除される前に」
「流れを変える」
「評価を戻す」
「派閥を動かす」
「王家を止める」
静かに言う。
「社交で勝つ」
レティシア
「できるの」
セシリアは笑う。
少しだけ誇らしそうに。
「できるわよ」
一瞬の沈黙。
そして。
「私を誰だと思ってるの?」
風が吹く。
カーテンが揺れる。
遠くで鳥の声。
その瞬間、
レティシアの視界に一瞬だけ赤文字。
SYSTEM
EVENT VARIABLE CHANGE
すぐ消える。
レティシアが小さくつぶやく。
「……動いた」
セシリア
「何?」
レティシアは答えない。
ただ姉を見る。
そして小さく言う。
「強いね」
セシリアが笑う。
「当たり前でしょ」
少し間。
「私、
社交は得意なのよ」
その言葉と同時に、
見えない流れが、
少しだけ変わり始めていた。