悪役令嬢は世界のバグを修正する
数日後。
王都の社交界は静かにざわついていた。
理由は一つ。
アルヴェルン家の長女――セシリアが動き始めたからだ。
最初は小さな茶会だった。
名門伯爵家の庭園。
春の花が咲き、
令嬢たちがゆっくり紅茶を飲んでいる。
そこへセシリアが現れる。
完璧なタイミング。
遅すぎず、早すぎず。
視線を集める時間。
入り方も完璧だった。
「ごきげんよう」
柔らかい声。
姿勢は自然。
歩き方は優雅。
ドレスは流行の最先端だが、派手すぎない。
一瞬で分かる。
できる人間だと。
令嬢の一人が小声で言う。
「……セシリア様」
別の令嬢。
「来てくださったの?」
セシリアは微笑む。
「お招きいただいたのですもの」
声の距離が絶妙だった。
近すぎない。
遠すぎない。
相手の家格に合わせた距離。
自然すぎて気付かない。
だが確実に計算されている。
席に座る。
カップを持つ。
角度。
指の位置。
背筋。
全部が美しい。
令嬢たちが安心したように笑う。
「さすが…」
「安心するわ」
「やっぱり違う」
会話が始まる。
領地の話。
舞踏会の話。
王都の流行。
政治の話題が少しだけ出る。
普通の令嬢なら避ける。
だがセシリアは違う。
踏み込みすぎない。
逃げすぎない。
絶妙な位置で止める。
「王家もお忙しいようですね」
軽い一言。
それだけ。
だが、
場の全員が納得する位置。
誰の敵にもならない。
誰にも媚びない。
誰も不快にしない。
令嬢の一人が小声で言う。
「……強い」
別の日。
夜会。
大広間。
音楽が流れている。
貴族たちが談笑している。
そこにセシリアが入る。
空気が少し変わる。
誰かが気付く。
「あら」
「あの方…」
「アルヴェルン家」
噂はすでに回っていた。
妹の評価が下がっている。
婚約会で不利。
孤立している。
だからこそ。
注目される。
セシリアは気にしない。
自然に歩く。
侯爵夫人に挨拶。
伯爵令嬢に一言。
騎士団の家に軽く会釈。
魔導院の関係者にも距離を取る。
近づきすぎない。
離れすぎない。
政治距離が完璧だった。
騎士家の令嬢が言う。
「セシリア様は…」
「やっぱり違うわね」
別の令嬢。
「妹とは全然」
さらに別。
「家はまともね」
その言葉を、
セシリアは聞こえないふりをする。
だが、
流れは変わっていた。
また別の日。
令嬢サロン。
上級令嬢の集まり。
派閥が混ざる場所。
ここで失敗すれば終わる。
だがセシリアは迷わない。
王家派に挨拶。
騎士派と軽く会話。
魔法派には敬意。
古貴族には礼を重く。
新貴族には距離を近く。
全員に違う態度。
全員に正しい態度。
令嬢の一人がつぶやく。
「……社交の教科書みたい」
別の令嬢。
「違う」
「教科書より上」
会話が続く。
自然に笑う。
自然に褒める。
自然に話題を変える。
そして、
誰の味方にも見えない。
だが、
誰からも嫌われない。
少しずつ、
噂が変わる。
「妹は変だけど」
「姉は完璧」
「アルヴェルン家は切れない」
「敵にしたくない」
流れが戻り始める。
その瞬間。
遠くでレティシアが歩いている。
廊下。
人が少しだけ避ける。
でも前ほどじゃない。
視線が違う。
敵意だけじゃない。
迷いが混じる。
レティシアが止まる。
空を見る。
一瞬だけ、
視界に赤い文字。
SYSTEM
SOCIAL FLOW SHIFT
次の行。
UNEXPECTED SUPPORT GENERATED
さらに。
VARIABLE
→ CECILIA ACTIVE
文字が揺れる。
すぐ消える。
レティシアが小さくつぶやく。
「……姉さん」
少し間。
「チートだ」
遠くのサロンで、
セシリアが笑っている。
その笑顔は、
完璧だった。
そしてその完璧さが、
世界の流れを少しずつ狂わせ始めていた。