悪役令嬢は世界のバグを修正する
楽団の音が続いている。
笑い声。
グラスの触れ合う音。
ドレスの擦れる音。
王宮大ホールは華やかだった。
だが、
レティシアの耳には少し違って聞こえていた。
音が、
わずかに遅れる。
拍手の音が半拍ずれる。
笑い声が一瞬遅れて届く。
足音が重なる。
レティシアが瞬きをする。
もう一度聞く。
やっぱりズレている。
小さくつぶやく。
「……変」
セシリアが横を見る。
「何が?」
レティシアは答えない。
視界が揺れる。
光が少し歪む。
シャンデリアの光がにじむ。
人の輪郭が一瞬だけ二重に見える。
レティシアはゆっくり周囲を見る。
人が動いている。
踊っている。
話している。
笑っている。
だが、
動きに規則がある。
同じタイミングで笑う。
同じ順番で移動する。
同じ位置に集まる。
まるで、
決められた動き。
レティシアの視界の奥にノイズが走る。
赤い線。
すぐ消える。
次の瞬間。
床の上に何かが見えた。
細い光の線。
一瞬だけ。
円の一部。
レティシアが目を細める。
もう一度見る。
線がある。
床の上に。
空中にもある。
人と人の間をつないでいる。
円。
三角。
直線。
複雑に重なっている。
まるで魔法陣。
だが違う。
もっと大きい。
ホール全体を覆っている。
レティシアの呼吸が少しだけ止まる。
音が遠くなる。
楽団の音がぼやける。
代わりに別の音が聞こえる。
低い振動音。
規則的な音。
処理音のような音。
空間に薄い文字が浮かぶ。
SYSTEM
STRUCTURE VIEW ENABLED
表示が揺れる。
次の行が出る。
SOCIAL SCRIPT VISIBLE
さらに。
POSITION CALCULATION
FLOW CONTROL
レティシアの瞳がわずかに開く。
ホールを見る。
今までとは違って見える。
席の位置に意味がある。
中央は王家派。
その周りに上位貴族。
少し外に騎士派。
さらに外に新貴族。
端に孤立位置。
全部決まっている。
人の動きにも線がある。
誰が誰に話しかけるか。
順番がある。
誰が先に踊るか。
順番がある。
誰がどこに立つか。
決まっている。
レティシアが小さく言う。
「……配置」
少し間。
「全部決めてる」
セシリアが聞く。
「何を?」
レティシアは答えない。
別の円が見える。
会話の円。
質問の順番。
婚約候補の流れ。
評価の流れ。
全部つながっている。
エレノアの位置が中心。
そこから線が伸びる。
候補へ。
令嬢へ。
王家へ。
評価へ。
レティシアの位置は外側。
端。
孤立位置。
固定されかけている。
表示が出る。
SOCIAL STATUS LOW
RIVAL ROUTE STABLE
ELIMINATION FLOW RUNNING
文字がゆっくり回る。
ホール全体の上に、
巨大なルーンが浮かび上がる。
円。
線。
配置。
まるで設計図。
レティシアの呼吸が少し乱れる。
小さくつぶやく。
「……これ」
少し間。
「社交じゃない」
さらに静かに。
「構造」
視界の奥に最後の表示。
SYSTEM
STRUCTURE VIEW ENABLED
FULL LAYER OPEN
世界が一段、
深く見えた。