悪役令嬢は世界のバグを修正する
楽団の音が変わる。
軽やかな序曲が終わり、
ゆったりとした舞踏の旋律が流れ始めた。
それが合図だった。
夜会が本格的に動き出す。
人の流れが変わる。
会話が始まる。
笑顔が増える。
だがその裏で、
全員が動いている。
位置を取る。
距離を測る。
相手を選ぶ。
王宮大ホールは、
静かな戦場になっていた。
セシリアが小声で言う。
「来るわよ」
レティシアは無表情。
「何が」
セシリアは視線を動かす。
「全部」
その直後だった。
一人の令嬢が近づく。
笑顔。
完璧な礼。
「アルヴェルン様」
別の令嬢も来る。
さらにもう一人。
囲まれる。
逃げ場がない位置。
セシリアがわずかに眉を動かす。
「早い…」
令嬢が優雅に言う。
「大会の優勝、おめでとうございます」
別の令嬢。
「満点だとか」
「すごいですわ」
「魔導院も驚いているとか」
言葉は丁寧。
だが間を置かず続く。
「ところで」
「夜会は初めてですか?」
「婚約候補は?」
「王家には興味が?」
「騎士団はどう思われます?」
「どちらの派閥に?」
質問が止まらない。
間を与えない。
逃げ道を作らない。
レティシアは答える。
短く。
「まだです」
「特に」
「決めてません」
「分かりません」
空気が少しだけ冷える。
令嬢たちが目を合わせる。
一人が言う。
「決めていない?」
「派閥を?」
別の令嬢。
「中立ですの?」
もう一人。
「それは…危険では?」
笑顔のまま。
だが圧がある。
セシリアが口を開こうとする。
だが先に声が来る。
「アルヴェルン様」
年上の令嬢。
礼儀に厳しいことで有名な人物。
ゆっくり近づく。
「カップの持ち方が少し」
指摘。
周囲が静かになる。
「こちらの角度の方が美しく見えますわ」
レティシアが持ち直す。
少し遅れる。
その一瞬を見逃さない。
「……慣れていらっしゃらない?」
小さな笑い。
遠くで誰かがダンスに誘う。
だが、
レティシアの前には来ない。
別の令嬢が誘われる。
また別の令嬢。
順番に呼ばれていく。
レティシアだけ残る。
セシリアが気付く。
「相手を操作されてる」
レティシアは何も言わない。
ただ立っている。
その間にも声が来る。
「婚約はお考えですか?」
「王家は?」
「騎士団は?」
「魔導院は?」
「研究所と関係があるとか?」
質問。
質問。
質問。
逃げ場がない。
答えは短い。
空気が重くなる。
令嬢が小さく言う。
「……扱いにくい方ね」
別の令嬢。
「婚約には向かないかも」
さらに。
「派閥にも入らないって」
「危険ですわ」
人の流れが変わる。
少しずつ。
少しずつ。
距離ができる。
気付けば、
レティシアの周りだけ空いている。
ホールの中央から外れる。
端に近づく。
偶然のように。
だが偶然じゃない。
配置されている。
レティシアの視界が揺れる。
音が少し遅れる。
光が歪む。
床の上に線が見える。
見えないはずの線。
円。
配置。
人の位置。
席順。
動線。
全部つながっている。
文字が浮かぶ。
SYSTEM
SOCIAL STATUS ↓
次の行。
RIVAL ADVANTAGE ↑
さらに。
ELIMINATION FLOW ↑
表示が点滅する。
レティシアは目を細める。
ホールを見る。
エレノアが中央にいる。
候補たちと話している。
周囲に人が集まる。
完璧な位置。
完璧な流れ。
その周りから、
少しずつ、
レティシアの位置が外に押し出されていく。
レティシアが小さく言う。
「……削ってる」
セシリアが聞く。
「何を」
レティシアは答えない。
視界の奥に文字が増える。
SOCIAL SCRIPT
RIVAL ROUTE
ELIMINATION FLOW
進行バーのように光が伸びる。
まだ少し。
だが確実に進んでいる。
レティシアが静かにつぶやく。
「完成寸前」