悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜。
アルヴェルン家の屋敷。
廊下の灯りは落とされ、
静かな時間になっていた。
遠くで侍女の足音が一度だけ響き、
すぐに消える。
レティシアの部屋だけ、
まだ灯りがついていた。
机の上にランプ。
淡い光。
椅子に座っているのはレティシア一人。
ドレスのままではなく、
いつもの簡素な室内服に着替えている。
だが姿勢は変わらない。
背筋を伸ばし、
机の上を見ている。
何もない机。
本もない。
紙もない。
ただ手を置いているだけ。
静かなまま、
彼女が目を閉じる。
夜会の光景を思い出す。
王宮大ホール。
シャンデリア。
音楽。
人の流れ。
エレノア。
セシリア。
婚約候補。
席順。
視線。
評価。
その瞬間。
視界の奥で、
光が走る。
空中に線が浮かぶ。
細い光。
円。
配置。
机の上に、
何もないはずの空間に、
薄いルーンが浮かび上がる。
レティシアは目を開ける。
驚かない。
ただ見る。
ルーンが広がる。
王宮大ホールの配置図。
そのまま再現される。
円形の構造。
中央。
王家位置。
周囲。
上級貴族。
外側。
派閥位置。
さらに外側。
孤立位置。
全部表示される。
小さな光が点になる。
人の位置。
一つ一つに名前がつく。
ELEANOR
CECILIA
LETICIA
王子候補。
騎士団。
侯爵嫡男。
令嬢たち。
全員の位置が、
そのまま再現されている。
レティシアが小さくつぶやく。
「……再生」
線が動く。
会話の順番が表示される。
誰が誰に話しかけたか。
どの順番で質問されたか。
どこで評価が下がったか。
数値が出る。
SOCIAL VALUE ↓
MARRIAGE VALUE ↓
FACTION VALUE 0
席が光る。
端の席。
レティシアの位置。
赤く点滅する。
ELIMINATION POSITION
レティシアの瞳が少しだけ細くなる。
さらに表示が増える。
上から文字が降りる。
SYSTEM
STRUCTURE MEMORY
次の行。
EVENT LOG
FLOW RECORD
POSITION DATA
ルーンがゆっくり回る。
夜会の流れがそのまま再生される。
ダンス。
会話。
移動。
評価。
全部順番通り。
一つもズレていない。
レティシアが静かに言う。
「……記録されてる」
机の上の空間に、
さらに細い線が出る。
条件式のような表示。
IF POSITION = EDGE → STATUS ↓
IF FACTION = NONE → VALUE ↓
IF RIVAL HIGH → LOCK
レティシアの呼吸が少しだけ深くなる。
「……ログ」
ルーンがもう一段開く。
夜会の構造の上に、
さらに別の層が見える。
Script。
順番。
条件。
処理。
全部が重なっている。
レティシアは目を離さない。
小さくつぶやく。
「覚えてるんじゃない」
少し間。
「残ってる」
表示が最後に光る。
SYSTEM
STRUCTURE MEMORY ACTIVE
その文字が、
ゆっくりと回転し続けていた。