悪役令嬢は世界のバグを修正する
王宮大ホールの中央。
最も目立つ位置。
本来なら、
そこに立つのが当然の人物がいる。
エレノアはグラスを手にしたまま、
静かに周囲を見ていた。
いつもと同じ光景。
いつもと同じ流れ。
令嬢たちの視線。
婚約候補の距離。
派閥の配置。
全部、
予定通りのはずだった。
はずだった。
だが。
少しだけ違う。
ほんのわずかな違和感。
誰も気付かないほどのズレ。
けれど、
彼女だけは気付く。
婚約候補の一人が、
こちらを見たあと、
視線を逸らした。
迷った。
その動きに、
エレノアの指が止まる。
(……今の)
予定では、
迷わない。
迷う位置じゃない。
順番じゃない。
彼女は視線を動かす。
サロンの配置を見る。
令嬢たちの位置。
会話の流れ。
距離。
全部を一瞬で把握する。
そして、
小さく眉が動く。
(順番が違う)
本来なら、
ここで質問が来る。
ここで評価が落ちる。
ここで孤立する。
そのはず。
だが、
違う。
レティシアがまだ立っている。
外側じゃない。
中心でもない。
中間。
あり得ない位置。
エレノアの目が細くなる。
(おかしい)
横にいた側近が小声で言う。
「……少し、流れが乱れています」
エレノアは視線を動かさない。
「理由は?」
側近が少しだけ迷う。
「補正が……入っているはずですが」
その言葉で、
彼女の指がわずかに止まる。
補正。
その単語に反応する。
「入っているはず?」
低い声。
側近が小さく頷く。
「はい……ですが」
少し間。
「固定できていません」
その瞬間。
エレノアの目がわずかに見開く。
ほんの一瞬だけ。
初めての表情。
「……なぜ?」
声は小さい。
だが、
確実に揺れている。
側近も視線を巡らせる。
婚約候補。
令嬢。
派閥。
配置。
どこかがズレている。
「評価更新が遅れています」
「席順が確定していません」
「質問イベントが……」
言いかけて止まる。
エレノアが前を見る。
レティシアが立っている。
無表情。
何もしていないように見える。
だが、
そこにいること自体がおかしい。
本来、
そこにはいない。
そこに立てない。
そこまで残れない。
エレノアが小さくつぶやく。
「……あり得ない」
婚約候補の一人が、
また迷う。
視線が揺れる。
評価が固定されない。
派閥が決まらない。
空気が止まる。
側近が低く言う。
「ルートが……安定していません」
その言葉に、
エレノアの指がグラスを強く握る。
ほんのわずかに、
爪が当たる音。
彼女は笑顔のまま言う。
「修正は?」
側近。
「入っています」
一拍。
「ですが……」
言いにくそうに続ける。
「優先ルートが固定できません」
その瞬間。
エレノアの笑顔が、
ほんのわずかだけ崩れる。
すぐ戻る。
だが、
完全ではない。
彼女は小さく言う。
「……なぜ」
視線はレティシアに向いたまま。
(どうして)
(終わっているはずなのに)
空気が重くなる。
誰も気付かない。
だが、
世界の奥で表示が出る。
SYSTEM
RIVAL ROUTE
UNSTABLE
文字が赤く点灯する。
固定されていた線が、
ゆっくりと揺れていた。