悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜は深かった。
屋敷の灯りはほとんど落ち、
廊下にも人の気配はない。
静かな時間。
アルヴェルン家の中庭に面した窓の前に、
レティシアは一人で立っていた。
眠れないわけではない。
ただ、
落ち着かない。
夜会のあとからずっと、
何かが続いている。
終わったはずなのに、
終わっていない感じ。
彼女はゆっくり空を見る。
星が出ている。
雲はない。
静かな夜。
……のはずだった。
空の端が、
わずかに歪む。
ほんの一瞬。
見間違いかと思うほど小さい揺れ。
だが、
次の瞬間。
空いっぱいに、
巨大な光が走る。
円。
線。
重なった記号。
巨大ルーン。
夜会の時に見たものより、
さらに大きい。
さらに複雑。
さらに歪んでいる。
レティシアの目が細くなる。
ルーンが一瞬だけ回転する。
配置が変わる。
線が増える。
円が重なる。
そして、
すぐ消える。
何事もなかったように、
星空に戻る。
だが視界には表示が残る。
SYSTEM
UNEXPECTED RESULT
少し遅れて、
次の表示。
RECALCULATING
空の奥で、
見えない構造が動く。
線が引き直される。
円が書き換えられる。
条件が並び替えられる。
レティシアは瞬きをしない。
表示が増える。
CHECK ROUTE
CHECK SCRIPT
CHECK FLOW
止まる。
一瞬の静止。
次の文字が出る。
NEW ROUTE OPEN
彼女の目がわずかに動く。
ルーンの中心に、
新しい線が一本伸びている。
今までなかった位置。
今までなかった分岐。
今までなかった円。
さらに表示。
UNKNOWN PATH
修復の線がそこに触れる。
戻そうとする。
消そうとする。
だが消えない。
固定されない。
残る。
NEW ROUTE
ACTIVE
レティシアの胸の奥で、
小さく理解が落ちる。
(……増えた)
空を見る。
もう何も見えない。
星しかない。
でも、
確かにあった。
確かに増えた。
心の中で、
静かに言葉が浮かぶ。
(ルート…)
少し間。
表示がまだ残っている。
UNKNOWN PATH
点滅している。
(増えた)
遠くで風が鳴る。
屋敷の木が揺れる。
夜は静かなまま。
だが、
見えない場所では、
まだ計算が続いている。
SYSTEM
RECALCULATING…
RECALCULATING…
RECALCULATING…
止まらない。
レティシアは窓に手を触れる。
冷たい。
現実は変わらない。
でも、
上では変わっている。
彼女が小さくつぶやく。
「……想定外」
表示が最後に出る。
UNKNOWN PATH
LOCK FAIL
そして消える。
夜空はまた、
何事もなかったように静かだった。