悪役令嬢は世界のバグを修正する
光の届かない部屋だった。
窓はない。
壁も床も天井も、
どこまでも暗い。
だが完全な闇ではない。
空中に浮かぶ光だけが、
部屋の形をぼんやりと照らしている。
円。
線。
重なった文字。
巨大な魔術式のようで、
しかし魔術ではない。
構造そのものを描いた図。
空間の中央に、
巨大な表示が浮かんでいる。
WORLD SCRIPT
その下に、
いくつもの層。
SOCIAL SYSTEM
FACTION STRUCTURE
MARRIAGE ROUTE
EVENT FLOW
全てが重なって動いている。
だが、
中央にひびが入っていた。
表示が赤く点灯する。
ERROR
少し遅れて、
別の表示。
SOCIAL SYSTEM
DAMAGE
線が切れている。
円が歪んでいる。
配置がずれている。
一部が欠けている。
その欠けた部分に、
小さく文字が出る。
UNKNOWN
UNKNOWN
UNKNOWN
静かな部屋に、
声が響く。
姿は見えない。
どこにいるかも分からない。
ただ声だけがある。
「例外発生」
別の声が答える。
「確認した」
表示が変わる。
EVENT LOG
FINAL SOCIAL EVENT
RESULT
UNEXPECTED
一瞬の沈黙。
最初の声。
「原因」
別の声。
「変数」
表示が更新される。
VARIABLE
CECILIA
LETICIA
UNKNOWN PATH
少し間。
空気がわずかに重くなる。
低い声が言う。
「定義外だな」
別の声。
「想定外」
さらに別の声。
「許容範囲外」
表示が赤く点滅する。
STRUCTURE DAMAGE
FLOW ERROR
SCRIPT BREAK
最初の声が言う。
「修正する」
すぐに別の声。
「同意」
また別の声。
「優先度上げろ」
表示が変わる。
CONTROL PRIORITY
↑
↑
↑
さらに文字。
REPAIR MODE
ACTIVE
だが次の瞬間、
別の表示が割り込む。
UNKNOWN ROUTE
ACTIVE
光が揺れる。
修復の線が止まる。
一瞬、
沈黙。
低い声。
「……消えない」
別の声。
「固定されている」
「観測外で生成」
「原因不明」
少し間。
最初の声が静かに言う。
「書き換える」
表示が切り替わる。
WORLD SCRIPT
OPEN
中に無数の文字列。
条件式。
分岐。
評価。
イベント順。
全てが並んでいる。
その中の一部が赤く光る。
SOCIAL EVENT
FINAL PHASE
ERROR
声が言う。
「再構築」
別の声。
「強制する」
さらに別の声。
「必要なら上書き」
表示が出る。
REWRITE PREPARING
CONTROL ACTIVE
だが、
その瞬間。
画面の端に、
小さな文字が出る。
UNKNOWN PATH
LOCK FAIL
修復の線がそこに触れる。
弾かれる。
もう一度触れる。
止まる。
沈黙。
部屋の空気がわずかに重くなる。
低い声が言う。
「……抵抗している」
別の声。
「対象か?」
少し間。
最初の声。
「違う」
さらに静かに。
「構造が抵抗している」
表示がまた変わる。
CONTROL CONFLICT
その文字が、
ゆっくり点滅する。
長い沈黙のあと、
命令の声が落ちる。
「次フェーズへ移行」
別の声。
「了解」
表示。
NEXT CONTROL
PREPARING
さらに。
FORCED EVENT
READY
最後に、
中央の表示が暗くなる。
WORLD SCRIPT
REWRITE
STANDBY
暗い部屋に、
光だけが残る。
そして、
誰もいないはずの空間で、
小さく声が落ちた。
「……観測を続けろ」
沈黙。
そのまま、
表示だけが動き続けていた。