悪役令嬢は世界のバグを修正する
開始の合図の前。
闘技場の空気が、静かに張りつめていく。
教師が中央に進み出た。
「これより大会結界を起動する」
その言葉と同時に、
地面の巨大魔法陣が淡く光り始める。
最初は一点。
次に円。
そして線が走る。
幾重にも刻まれた紋様が順番に点灯していく。
観客席からどよめきが上がる。
「始まる…」
「結界起動だ」
「毎年これすごいよな…」
だが今年は違った。
光が止まらない。
通常なら外周だけのはずの魔法陣が、
さらに内側まで点灯していく。
教師が少しだけ眉を動かす。
上空。
結界が広がる。
透明な膜が、
ゆっくりと空を覆っていく。
だがそれだけでは終わらない。
さらに上。
もう一層。
さらに外側。
別の魔法陣が展開する。
観測席で魔法式が回る。
騎士団席で警戒が強まる。
魔導院の術者が小さく呟く。
「深いな…」
地面。
空。
観客席。
通路。
王族席。
すべてに光が走る。
闘技場全体が発光する。
完全に閉じた。
完全な魔法空間。
その瞬間。
レティシアの視界が切り替わる。
光が消える。
代わりに、
線が見える。
無数の線。
円。
式。
配置。
順序。
流れ。
魔法陣ではない。
回路。
構造。
組まれた式。
空に走るルーン。
地面に刻まれたルーン。
観客席に流れるルーン。
王族席を囲うルーン。
観測席へ伸びる線。
騎士団席へ伸びる線。
全部つながっている。
全部流れている。
全部計算されている。
表示が浮かぶ。
MAGIC STRUCTURE VIEW
さらに。
FLOW
ACTIVE
SCRIPT
RUNNING
彼女はゆっくり瞬きをする。
もう一度見る。
同じだった。
魔法じゃない。
術じゃない。
式。
順番。
命令。
処理。
コード。
彼女の胸の奥で、言葉が浮かぶ。
(……これ)
少し間。
(大会じゃない)
視線を上げる。
結界。
さらに上。
さらに外。
さらに奥。
見えないはずの線が伸びている。
表示が一瞬だけ変わる。
STRUCTURE
LINKED
WORLD
SCRIPT
ACTIVE
彼女の呼吸が止まる。
(……世界)
ゆっくりと視線を動かす。
闘技場は中央にあるだけ。
本体は別にある。
この魔法陣は一部。
この結界も一部。
このイベントも一部。
彼女の唇がわずかに動く。
「回路…」
誰にも聞こえない声。
表示が揺れる。
MAGIC STRUCTURE VIEW
DEEP LINK
DETECTED
すぐ消える。
彼女は目を細める。
(見えてる)
少し間。
(世界の式が)
その瞬間、
空の結界が強く光った。
まるで、
気付かれたように。