悪役令嬢は世界のバグを修正する
試合がいくつか進んだあと。
一瞬だけ、
闘技場の空気が緩む。
その隙間に、
名前が呼ばれた。
「――レティシア・アークライト」
ざわめきが広がる。
観客席。
貴族席。
生徒たち。
「あれが…」
「例の妹だ」
「夜会で評価逆転したって」
「本当に?」
「でも魔法は…」
視線が一斉に集まる。
期待と、
疑念と、
警戒。
全部が混ざった視線。
レティシアは動く。
無言で。
ゆっくりと前へ出る。
足音は小さい。
だが、
やけに響く。
中央の魔法陣へ。
巨大な円の上へ。
一歩。
もう一歩。
踏み込む。
その瞬間、
世界が切り替わる。
光が消える。
音が遠のく。
代わりに現れるのは、
構造。
線。
流れ。
順序。
式。
表示が浮かぶ。
MAGIC STRUCTURE VIEW
FLOW
ACTIVE
SCRIPT
RUNNING
ORDER
VISIBLE
彼女の視界で、
魔法陣が分解される。
円は線に。
紋様は数式に。
光は命令に。
全部が見える。
全部つながっている。
全部流れている。
彼女は静かに立つ。
詠唱はない。
杖も構えない。
ただ、
見ている。
(……見える)
足元の式。
起動順。
接続順。
処理順。
どこから始まり、
どこへ流れるか。
全部分かる。
(順番…)
視線を少し動かす。
次に来る処理。
その次の分岐。
失敗条件。
成功条件。
全部並んでいる。
(全部…)
さらに奥を見る。
スクリプト。
イベント。
制御。
見えない命令。
全部流れている。
(読める)
その瞬間。
わずかに、
式が揺れた。
ほんの一瞬。
誰にも分からないズレ。
表示が点滅する。
FLOW
MINOR DEVIATION
すぐ戻る。
何もなかったように。
観客席はざわついたまま。
審判は気付かない。
対戦相手も気付かない。
だが。
レティシアだけが、
それを見ていた。
(……今)
少し間。
(ズレた)
彼女の指先が、
わずかに動く。
触れていない。
触れていないのに、
線の一つが、
ほんの少しだけ、
ずれる。
表示が揺れる。
ORDER
SHIFT
すぐに修正が入る。
SCRIPT
ADJUSTING
FLOW
NORMAL
彼女は動かない。
ただ、
見ている。
(……できる)
小さく確信する。
(少しだけなら)
観客席のざわめきが強まる。
「何もしてないぞ?」
「詠唱は?」
「まだ動かないのか?」
「大丈夫か?」
だが、
彼女の中ではもう始まっていた。
戦いではない。
操作。
解析。
干渉。
そして。
静かな異常。
表示が一瞬だけ光る。
UNKNOWN PATH
ACTIVE
すぐ消える。
誰も気付かない。
ただ一人。
レティシアだけが、
その変化を見ていた。