悪役令嬢は世界のバグを修正する
学園・中庭。
昼の光が差し込み、
いつも通りのざわめきが広がっている。
笑い声。
足音。
何気ない会話。
すべてが、
あの日以前と変わらない――ように見える。
「なあ、あの時のやつ覚えてるか?」
ベンチに座った生徒が言う。
向かいの友人が眉をひそめる。
「あの時って?」
「ほら、大会の時の……なんか止まった感じ」
一瞬、間。
「……あー」
思い出すように空を見る。
「なんだったんだろうな、あれ」
別の生徒が肩をすくめる。
「幻覚とかって話になってるだろ?」
「いや絶対違うって」
即座に否定が返る。
「俺、動けなかったんだぞ」
「俺も」
「声も出なかったし」
言葉は出る。
だが、
どこか曖昧だ。
確信はあるのに、
輪郭がぼやけている。
「……まあ、でもさ」
一人が笑って話を切る。
「終わったんだし、いいんじゃね?」
「それもそうか」
軽い笑いが広がる。
そのまま、
話題は別のものへ流れていく。
忘れているわけではない。
だが、
留めておけない。
理解できないものは、
少しずつ、
日常の中に埋もれていく。
教室。
窓際の席。
レティシアは静かに座っている。
周囲の会話は聞こえている。
だが、
反応はしない。
視線をわずかに落とす。
机の上。
何もないはずの空間に、
――薄く。
線が見える。
ルーン。
流れ。
かすかな構造。
完全ではない。
だが、
消えてもいない。
(戻ってる……けど)
小さく思う。
視線を上げる。
教室全体。
人の動き。
空気の流れ。
すべてが、
ほんのわずかにだけ、
ズレている。
(完全じゃない)
何が、とは言えない。
だが、
確実に“何か”が残っている。
あの時。
触れてしまったもの。
その影響が、
まだ消えていない。
レティシアは何も言わない。
ただ静かに、
その“残り”を見ている。
世界は戻った。
だが、
元には戻っていない。
それだけが、
はっきりしていた。