悪役令嬢は世界のバグを修正する
レティシアは、
その場に立ち尽くしていた。
夜の廊下。
静まり返った石造りの通路に、
物音はない。
だが、
彼女の視界だけが騒がしい。
空間の奥に、
何かが残っている。
薄い線だった。
糸のように細く、
壁から床へ、
床から空中へと続いている。
複雑に絡み合いながら、
一定の規則で並んでいる。
魔力の流れではない。
循環する脈動も、
熱も、
揺らぎもない。
ただ、
そこに“記されている”。
誰かが空間そのものへ、
線を刻み込んだように。
レティシアは、
ゆっくりと息を呑む。
見え方が違う。
魔法なら、
もっと生き物のように動く。
流れて、
変化して、
やがて薄れる。
だが、
これは違った。
止まっている。
それでいて、
消えない。
時間が経っているはずなのに、
濃度が落ちていない。
まるで、
発動が終わったあとも、
存在だけが保存されているように。
(これ……)
心の中で、
言葉が途切れる。
指先を伸ばす。
触れる直前で、
線がわずかに明滅した。
反応した。
だが、
揺れない。
壊れない。
そこに在り続ける。
(残ってる)
その意味を、
ゆっくり理解する。
これは余熱ではない。
残滓でもない。
現象が終わったあとに残る、
偶然の汚れでもない。
“記録”だ。
行われた処理が、
痕跡として保存されている。
誰が、
何を、
どう書いたのか。
そこまでは読めない。
だが、
これは魔法ではない。
魔法なら、
世界に働きかけて終わる。
しかしこれは、
世界そのものへ記述を残している。
処理ログ。
そんな言葉が、
彼女の中に自然と浮かぶ。
空間へ刻まれた操作履歴。
誰かがこの場所で、
世界に触れた証拠。
レティシアは、
静かに顔を上げる。
薄い線は、
廊下の先へ続いていた。
まだ終わっていない。
その痕跡は、
今もどこかへ繋がっている。