悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜の廊下は、
昼とは別の場所のようだった。
人の気配がない。
足音もない。
灯された魔導灯だけが、
一定の間隔で淡く揺れている。
昼間、
あれほど騒がしかった学園は、
何事もなかったように静まり返っていた。
事故は収束した。
結界も復旧した。
教師たちは安全を宣言し、
生徒たちもそれを受け入れた。
すべては、
“元に戻った”はずだった。
レティシアは、
誰もいない廊下を歩く。
足音だけが、
規則的に返ってくる。
一歩。
また一歩。
その途中で、
彼女の足が止まった。
違和感。
小さすぎて、
普通なら気にも留めないもの。
けれど、
彼女の中の何かが反応する。
空気の流れ。
魔力の循環。
空間の繋がり。
そのどれとも違う、
別種の“痕”。
視界の端に、
淡い文字列が浮かぶ。
SCRIPT TRACE
DETECTED
レティシアは、
瞬きをしない。
ただ、
その表示を見つめる。
痕跡。
残っている。
すでに終わった現象のはずなのに、
そこに“処理の跡”だけが残留している。
壁際へ視線を向ける。
何もない。
石造りの壁。
整った床。
夜の静寂。
だが、
彼女には見える。
空間に、
細い線のようなものが走っている。
光ではない。
魔力でもない。
もっと乾いた、
記述の痕。
まるで、
誰かがここに命令を書き込み、
その文字だけが消えずに残ったように。
(……まだある)
内側で、
小さく呟く。
事故は終わった。
現象も消えた。
なのに、
命令だけが残っている。
普通の魔法なら、
こんな形では残らない。
発動し、
消え、
痕跡は薄れていく。
だがこれは違う。
終わったあとも、
空間の奥に“書かれた事実”として残っている。
レティシアは、
静かに歩み寄る。
近づくほど、
表示が強くなる。
SCRIPT TRACE
DETECTED
SIGNAL
PERSISTING
消えていない。
まだ、
続いている。
事故の残骸ではない。
これは、
継続中の何かだ。
(……終わってない)
夜の静けさの中で、
その確信だけが鮮明になる。
昼間に収束したはずの異常は、
見えない場所で、
まだ生きていた。