悪役令嬢は世界のバグを修正する
夜は深い。
学園の灯りは落ち、
廊下には静寂だけが満ちていた。
何事もなかったように、
すべてが眠りにつこうとしている。
だが、
それは表面だけだった。
レティシアは、
誰もいない回廊に立っている。
石壁に触れるでもなく、
ただ空間を見つめていた。
彼女の視界には、
まだ文字列が浮かんでいる。
SCRIPT TRACE
PERSISTING
消えない。
薄くなりもしない。
昼の事故が終わったあとも、
そこに“命令の跡”だけが残り続けている。
(消えてない)
小さく、
胸の奥で呟く。
事故なら、
終われば消える。
魔法なら、
発動が終われば散る。
だがこれは違う。
残っている。
そこにあるべきでないものが、
まだ世界に居座っている。
(まだ、触ってる)
誰かが今も、
この場所へ手を伸ばしている。
その感覚だけが、
冷たく背筋を撫でた。
屋上では、
カイルが夜風の中で空を見上げていた。
学園は静かだ。
巡回の灯りが遠く動き、
街の明かりがその先に滲んでいる。
平和そのものの景色。
だが、
彼にはもうそう見えなかった。
事故の流れ。
介入の速さ。
結論の出され方。
証拠の消し方。
全部が揃いすぎている。
「……完全に黒だな」
独り言のように吐く。
誰に向けた言葉でもない。
だが、
相手ははっきりしていた。
神殿。
あれは管理でも監査でもない。
仕掛けている側だ。
地下研究所では、
観測盤の光が規則的に脈打っていた。
研究員たちが無言で数値を追う。
沈黙を破ったのは主任だった。
「干渉は継続中」
短い宣告。
それだけで十分だった。
一度きりの工作ではない。
終わった事件でもない。
今この瞬間も、
見えないところで操作は続いている。
研究員の一人が、
無意識に唾を呑み込む。
敵は姿を見せない。
痕跡だけを残し、
世界そのものを道具にしてくる。
同じ夜。
別々の場所で、
三者は同じ結論へ辿り着いていた。
これは偶然ではない。
事故でもない。
対立は、
すでに始まっている。
そして――
見えない場所で、世界は書き換えられている。