悪役令嬢は世界のバグを修正する
神殿の奥には、
誰も祈らない場所がある。
一般信徒は存在すら知らず、
下位神官ですら立ち入れない領域。
聖堂のさらに奥。
白い回廊を幾重にも抜けた先に、
その空間はあった。
石は白い。
だが、
清浄さより冷たさを思わせる白だった。
磨き上げられた床には傷一つなく、
壁面には装飾もない。
信仰を示す像も、
慈愛を語る絵もない。
あるのは、
判断のために整えられた静寂だけだった。
音が吸われていく。
衣擦れすら長く残らない。
人の気配さえ、
この部屋では不要物のように薄れていく。
その中央に、
円形の光盤が浮かんでいた。
淡い光が文字列を形作る。
TARGET
LETICIA
STATUS
UNCONTROLLED
名が表示されている。
だが、
そこに人格はない。
感情も、
経歴も、
意思もない。
ただ管理対象として、
識別名だけが置かれていた。
周囲を囲む上位神官たちは、
誰一人として表情を動かさない。
年齢も性別も判別しにくいほど、
感情の起伏が削ぎ落とされている。
視線は表示へ向けられ、
そこにいる誰かを見る目ではない。
数値を確認する目だった。
一人が口を開く。
「対象の自律性が高すぎる」
声に怒りも焦りもない。
単なる報告だった。
別の神官が続ける。
「既存監視下での誘導率、低下」
「予測行動との乖離を確認」
さらに一人。
「管理不能域へ移行」
その言葉が落ちても、
空気は何も変わらない。
驚く者も、
反論する者もいない。
それは議論の結論ではなく、
既に確定した判定だった。
レティシアという一人の少女は、
ここでは人間として扱われていない。
守るべき生徒でもなく、
裁くべき罪人でもない。
制御が外れつつある資産。
予定外の挙動を示す危険要素。
管理系統から逸脱した対象。
その程度の意味しか持たない。
光盤の文字がわずかに明滅する。
STATUS
UNCONTROLLED
まるで警告灯のように。
最上位の席にいた神官が、
ゆっくりと視線を上げた。
「人格的要素は判断に含めるな」
「本件は情緒ではなく、構造上の問題である」
短い沈黙。
「対象は人として扱うには、影響範囲が大きすぎる」
その一言で、
部屋の価値観がすべて示された。
人かどうかではない。
危険かどうか。
管理できるかどうか。
利用可能かどうか。
それだけが、
ここでの基準だった。
やがて中央表示が更新される。
ASSESSMENT
COMPLETE
次の処理へ進む準備が整う。
誰かの人生ではなく、
一つの案件として。