悪役令嬢は世界のバグを修正する
白い聖堂奥に、
沈黙が満ちていた。
誰も声を荒げない。
誰も迷わない。
この場にあるのは、
感情ではなく手順だけだった。
中央の光盤には、
なおレティシアの識別名が浮かんでいる。
TARGET
LETICIA
STATUS
UNCONTROLLED
制御外。
それは、
この空間において最も重い警告だった。
上位神官の一人が、
指先をわずかに上げる。
それだけで表示が切り替わる。
文字列が整列し、
冷たい光を放った。
RESTRAINT ORDER
EXECUTE
室内の空気が、
さらに一段冷えたように感じられる。
拘束命令。
だがその言葉の内側には、
いくつもの意味が折り畳まれていた。
身柄拘束。
対象の自由移動を停止する。
行動権停止。
自発的選択を制限し、
命令下へ置く。
権限封鎖。
対象内部に存在する未知の接続を、
外側から閉じる。
接触者遮断。
周囲の人間関係を切り離し、
影響の伝播を止める。
一人の少女へ向ける措置としては、
あまりにも過剰だった。
だが、
この場の誰もそうは思わない。
彼らにとって重要なのは、
対象の年齢でも立場でもない。
世界への影響値だけだった。
別の神官が確認する。
「抵抗時の優先順位は」
即座に返答が落ちる。
「対象の損傷回避を優先」
「内部権限への刺激は最小限とする」
壊してはならない。
しかし自由にもしてはならない。
その扱いは、
人質でも囚人でもない。
危険物の保管に近かった。
最上位の席に座る神官が、
静かに告げる。
「保全のため拘束する」
言葉は穏やかだった。
だが、
そこに慈悲はない。
保全。
それは対象本人の安全ではない。
社会の安定でもない。
世界側の都合だった。
世界秩序を守るため。
既存構造を乱さぬため。
理解不能な変数を封じるため。
そのすべてを、
たった二文字に言い換えているだけだった。
光盤が再び明滅する。
RESTRAINT ORDER
TRANSMITTING
命令は外部へ送信された。
学園へ。
騎士団へ。
監査官へ。
すでに止める段階は過ぎている。
神官たちは誰も動かない。
一つの処理が完了しただけだからだ。
その頃、
まだ朝も来ていない学園では、
知らぬまま包囲の準備が始まっていた。