悪役令嬢は世界のバグを修正する
朝の鐘が鳴る前。
学園本館の会議室には、
異様な緊張が満ちていた。
普段なら教師会議に使われる広い部屋だが、
今日は机の配置すら変えられている。
中央を空け、
周囲に席が並ぶ形。
まるで、
対話ではなく通達を受けるための空間だった。
教師たちが揃っている。
学年主任。
実技担当。
結界管理官。
学園長までもが席についていた。
壁際には騎士団幹部。
さらに、
神殿付き監査官たちが無言で立つ。
誰も雑談しない。
視線だけが、
互いの様子を測っていた。
「……急すぎるな」
小声で誰かが漏らす。
「ろくでもない話でしょうね」
返す声も低い。
そして、
扉が開いた。
入ってきたのは一人の使者だった。
白い装束。
飾り気のない神殿紋章。
若くも老いても見えない、
感情の薄い顔立ち。
彼は一礼もしない。
部屋の中央まで進むと、
巻かれた命令書を机上へ置いた。
「神殿正式命令です」
抑揚のない声。
それだけで、
室内の空気がさらに張り詰める。
使者は書面を開き、
淡々と読み上げた。
「対象レティシアを直ちに保護拘束します」
その瞬間、
空気が凍った。
誰も声を上げない。
椅子を引く音すらしない。
ただ、
全員がその言葉の意味を理解した。
保護。
その表現だけが浮いている。
教師の一人が、
わずかに眉を動かす。
(保護……?)
別の教師は、
机の下で拳を握った。
(拘束だろ)
言葉を飾っただけだ。
守るためではない。
自由を奪うための命令。
騎士団幹部の一人が、
慎重に口を開く。
「理由を伺っても?」
使者は即答した。
「対象は学園内事故への関連性が高く、継続監視下において不安定性を確認」
「秩序維持のため、一時保全措置を執行します」
難解な言葉で包まれているが、
内容は単純だった。
疑わしいから確保する。
それだけだ。
学園長が静かに尋ねる。
「本人への事情説明は」
「必要ありません」
即答だった。
教師たちの視線が一斉に揺れる。
生徒として扱っていない。
最初から対象物として見ている。
その事実が、
今さらながら露わになった。
会議室の窓の外では、
朝日が校舎を照らし始めていた。
生徒たちはまだ知らない。
これから始まる一日が、
いつもの学園生活ではなくなることを。
使者は命令書を閉じ、
最後に告げる。
「執行は速やかに行われます」
その声には、
一片の迷いもなかった。
教師たちは沈黙したまま座っている。
従うのか。
抗うのか。
決断の時間は、
もう残されていなかった。