悪役令嬢は世界のバグを修正する
解析室に沈黙が満ちていた。
神殿が何であるか。
その輪郭は見えた。
管理層の代理機構。
世界を安定させるための安全装置。
理屈だけを並べれば、
それは必要な存在に思える。
誰かが暴走すれば、
都市は消える。
誤った接続が広がれば、
地脈は裂ける。
一人の例外が、
万の命を巻き込むこともある。
そうした危険を防ぐため、
制限が必要になる。
それ自体は、
誰も否定できなかった。
だが、
主任はそこで話を終えなかった。
投影陣に映る白い制御層を見つめたまま、
低く続ける。
「問題は、ここからだ」
指先が動く。
投影上に、
小さな光点がいくつも生まれる。
芽吹いたばかりの種火のような点。
その大半が、
すぐに消えた。
白い制御線が触れた瞬間、
跡形もなく消失していく。
「接続の兆候」
「権限適性」
「深層へ届く可能性」
主任の声に、
室内の空気がまた冷える。
「神殿は暴走者だけを止めているわけじゃない」
「増える前に、芽を摘んでいる」
若い研究員が顔を上げる。
「……ユーザー候補を?」
「そうだ」
即答だった。
「制御不能が増えれば、世界は崩れる」
「彼らはそう判断している」
「なら最も効率的な方法は何だ」
誰も答えない。
答えは分かっているからだ。
「最初から増やさないことだ」
静まり返った部屋で、
端末の駆動音だけが小さく鳴る。
才能ある者が現れる前に薄める。
深く届く者が育つ前に逸らす。
規格外が生まれたなら囲い込み、
従わなければ排除する。
事故を防ぐには合理的だ。
だが、
あまりにも冷たい。
研究員の一人が震える声で呟く。
「……それじゃ、人を守ってるんじゃなくて」
「可能性を管理してる」
別の者が言葉を継いだ。
主任は否定しない。
投影陣の光点は、
生まれては消え、
生まれては消えていく。
その様子は、
未来の芽が刈り取られていくようだった。
「例外は危険だ」
「突出は不安定だ」
「差異は災害の種になる」
神殿の論理は一貫している。
だからこそ強い。
そして、
だからこそ恐ろしい。
安全のために、
選択肢を減らす。
秩序のために、
自由を削る。
平穏のために、
高みへ届く手を折る。
それが積み重なった先に出来るものは、
安定した世界か。
それとも、
閉じた檻か。
主任は静かに言った。
「神殿は悪ではない」
「だが、正しいとも限らない」
誰も動けなかった。
正義として信じてきたものが、
別の角度から見れば抑圧へ変わる。
その現実は、
単純な敵よりずっと重い。
学園の外では、
均しの圧力がなお続いている。
誰も傷ついていない。
誰も血を流していない。
それでも確かに、
奪われているものがあった。