悪役令嬢は世界のバグを修正する
空の異変に、
最初に気づいたのは神殿側だった。
制御陣の再構築へ集中していた観測員の一人が、
手元の測定盤を見たまま凍りつく。
「……上層反応?」
掠れた声だった。
隣の神官が眉をひそめる。
「何を言っている。誤計測だ」
だが次の瞬間、
別の端末でも同じ数値が跳ね上がる。
第三観測盤、
補助結晶、
遠隔通信柱。
すべてが同時に同一波形を示した。
監査官の顔色が変わる。
先ほどまで怒声を飛ばしていた男が、
初めて言葉を失った。
視線がゆっくりと空へ向く。
夜空のさらに上、
常人には見えない高層領域を読むように、
彼の瞳が細く揺れた。
「まさか……」
その一言に、
周囲の神官たちが一斉に緊張する。
命令する者が漏らすべきではない声だった。
監査官は喉を鳴らし、
震える指で端末陣を操作する。
表示された認証列を確認し、
さらに青ざめた。
「報告が……直接通ったのか」
ざわめきが走る。
「そんなはずは」
「通常審査を飛ばして?」
「現地案件ごときで……?」
誰も声量を保てない。
神殿の人間たちは、
常に上位者として振る舞ってきた。
世界を監督し、
異端を裁き、
秩序を定める側。
少なくともこの地上では、
そう見えていた。
だが今、
その仮面が剥がれる。
彼らもまた、
さらに上へ報告し、
裁定を待つ側だった。
監査官の額に汗が浮かぶ。
レティシアの局所権限移行に対してではない。
騎士団の足止めに対してでもない。
空の向こうで応答した、
“上”に対してだった。
「全記録を整理しろ!」
「責任経路を明確化しろ!」
「現場判断での逸脱はなかったと残せ!」
命令が飛ぶ。
だがそれは制圧のためではない。
言い訳の準備だった。
若い神官が小声で問う。
「……そこまで恐れる必要が?」
隣にいた年長神官が、
青い顔のまま吐き捨てる。
「黙れ」
「知らない方が幸せだ」
その声音には、
信仰ではなく実感があった。
経験した者の恐怖だった。
礼堂跡地の中央で、
レティシアは静かにその様子を見ている。
神殿が初めて狼狽していた。
少女の力を前にしてではない。
そのさらに上位の存在が、
こちらへ目を向けたことに対して。
この瞬間、
誰の目にも明らかになった。
神殿は支配者ではない。
管理者ですらない。
ただ、
上位命令を執行する代理人にすぎなかった。