悪役令嬢は世界のバグを修正する
学園地下深く。
石壁をくり抜いて造られた研究所には、
昼夜の区別がない。
青白い導光管が天井を走り、
無数の観測盤と演算結晶が、
静かな唸りを続けていた。
いつもなら、
ここは冷静な場所だった。
外でどれほど騒ぎが起きようと、
数値と現象だけを相手にする空間。
感情は持ち込まれない。
少なくとも、
そうであるはずだった。
その全装置が、
同時に警報を鳴らした。
甲高い音が重なり、
壁面の結晶灯が赤く点滅する。
観測盤の文字列が一斉に流れ始め、
記録紙が勢いよく吐き出される。
SYSTEM DEPTH
SHIFTING
ROOT CHANNEL
OPENING
研究員の一人が椅子を蹴って立ち上がる。
「何だこの反応!?」
別の卓では、
演算担当が顔面蒼白で数式を追っていた。
「階層座標が固定できません!」
「深度値が更新され続けています!」
第三観測席の若い研究員が、
声を裏返らせる。
「通常階層じゃありません!」
その一言で、
室内の空気が凍りついた。
通常階層。
それは人間が観測し、
魔法が届き、
神殿術式が作用する世界の表層を意味する。
今、装置が示しているのは、
そこではない。
もっと深い層。
もっと上位の領域。
理論上は存在するとされながら、
直接干渉の記録が残っていない場所だった。
計測結晶の一つが耐えきれず砕け散る。
火花が走り、
机上へ白煙が上がる。
誰も振り向かない。
それどころではなかった。
中央卓で、
主任が無言のまま立ち尽くしている。
普段は何が起きても表情を崩さない男だった。
神殿の圧力にも、
事故報告にも、
禁忌理論の発見にも眉一つ動かさなかった。
その顔から、
血の気が引いていた。
彼はゆっくり観測盤へ手を置く。
表示された深度座標、
開きつつある接続路、
異常な認証波形を確認し、
乾いた唇をわずかに動かした。
「……上が来る」
誰もすぐには意味を飲み込めなかった。
だがその声音だけで十分だった。
この男が恐れている。
それだけで、
この事態がどれほど危険か理解できた。
研究員の一人が震える声で問う。
「上、とは……神殿ですか?」
主任は首を横に振る。
視線は観測盤から離れない。
「神殿じゃない」
「神殿が報告する先だ」
沈黙が落ちる。
機械の警報音だけが鳴り続ける。
礼堂跡地で起きた局所変化は、
学園の騒動では終わらなかった。
それは世界の上層へ届き、
いま、
返答が 내려てこようとしていた。