悪役令嬢は世界のバグを修正する
その瞬間、
世界のどこかで、
見えない処理が始まった。
礼堂跡地にいた誰も、
それを音としては聞かなかった。
光としても見なかった。
だが確かに、
何かが起動した。
人の感覚では捉えきれない層で、
巨大な意思なき機構が動き出したのだ。
レティシアの視界に、
ゆっくりと文字列が浮かぶ。
ADMIN ACCESS
INITIATED
一文字ごとに、
空気が重くなる。
命令ではない。
宣言でもない。
これは開始通知だった。
上位権限による介入開始。
世界そのものへ触れるための、
正式な手続きの始動。
夜空の星々が、
一斉に明滅する。
一つや二つではない。
全天に散る無数の星が、
同じ拍子で瞬いた。
まるで巨大な装置の表示灯が、
同時に点灯したかのように。
生徒の一人が悲鳴を上げる。
誰かが膝をつく。
教師たちも言葉を失った。
学園外周に立っていた結界柱が、
次々と沈黙する。
青白く脈打っていた柱の光が消え、
保護障壁が音もなく停止していく。
故障ではない。
停止させられたのだ。
下位権限が、
上位命令に道を譲った。
礼堂跡地の鐘が鳴る。
誰も触れていない。
誰も命じていない。
それでも鐘は、
深く長く、
世界の変化を告げるように鳴り響いた。
ゴゥン――
その振動は石畳を伝い、
人々の胸骨へまで届く。
遠く、
夜の向こうで海がざわめく。
この学園から見えぬはずの海原が、
風向きもなく波立ち、
岸を打つ音だけが異様に増していく。
潮の流れが変わり、
水面が再計測され、
世界の端々まで何かが走っている。
森では鳥が飛び立ち、
街では街灯の魔導灯が一瞬消え、
山では積雪の表面にひびが走る。
誰も知らぬ場所で、
同時多発的に微細な変化が起きていた。
世界そのものが、
再認証を始めていた。
誰が接続しているのか。
何が逸脱したのか。
どこまで許容するのか。
その判定が、
人の知らぬ速度で進められていく。
礼堂跡地の中央で、
レティシアは空を見上げたまま動けない。
ルシアンは剣を握る手に力を込め、
初めて神殿ではなく天を警戒する。
監査官たちは蒼白になり、
祈るように端末へ手を置いていた。
誰も知らなかった。
神殿が支配していたのではない。
神殿すら、
管理されていたのだ。