悪役令嬢は世界のバグを修正する
空気が、
変わった。
風は吹いている。
鐘の余韻もまだ残っている。
騎士たちの鎧が擦れる音も、
遠くで教師が生徒を誘導する声も聞こえる。
それなのに、
礼堂跡地の中心だけ、
別の静寂が落ちてきた。
音が消えたわけではない。
世界そのものが、
何かを待つように息を潜めたのだ。
レティシアの肩がわずかに震える。
次の瞬間、
空から見えない圧力が降りた。
押し潰す力ではない。
身体へ直接触れる感覚でもない。
もっと深い場所。
存在そのものへ視線を差し込まれるような、
冷たい干渉だった。
足元の石畳が遠く感じる。
呼吸の感覚が薄れる。
自分の輪郭だけが、
世界から切り出されていく。
彼女の視界に、
凄まじい速度で文字列が流れ始めた。
TARGET VERIFIED
USER CANDIDATE
ACCESS CLASS UNKNOWN
TARGET VERIFIED
USER CANDIDATE
ACCESS CLASS UNKNOWN
何重にも重なり、
何百もの窓が開き、
認証列と解析式が滝のように走る。
読ませるための表示ではない。
処理そのものが透けて見えているだけだった。
レティシアは思わず息を呑む。
喉が鳴る。
手のひらが冷たくなる。
神殿の監視とは比べものにならない。
ここには敵意も怒りもない。
あるのは純粋な確認だけだ。
価値を測り、
分類し、
使用可否を判定する、
感情を持たない視線。
(見られてる)
その理解と同時に、
背筋へぞくりとした寒気が走る。
人が誰かを見るのとは違う。
虫眼鏡で標本を見るようなものでもない。
もっと一方的で、
もっと絶対的だ。
世界の外側から、
世界の一部として自分を読まれている。
そんな感覚だった。
レティシアは無意識に一歩退く。
だが逃げ場はない。
空は遠く、
それでいて近すぎる。
見えない何かが、
確かに彼女へ焦点を合わせていた。
周囲の誰も気づかない。
神殿は通信に追われ、
騎士は命令待ちのまま固まり、
ルシアンだけが空を見上げて目を細めている。
この圧力を正確に受け取っているのは、
彼女ただ一人だった。
視界の最奥で、
新たな表示がゆっくりと浮かぶ。
SCAN COMPLETE
PENDING DECISION
その文字を見た瞬間、
レティシアは初めて、
神殿より上にいる存在の冷たさを知った。