悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都の中央大通りを外れ、
一本裏の路地へ入った瞬間、
街の顔はまるで別物になった。
石畳は欠け、
排水溝には濁った水が溜まり、
壁の白塗りは煤けて剥がれている。
さっきまで聞こえていた笑い声も、
楽団の演奏も、
ここまでは届かない。
代わりに満ちているのは、
空腹と苛立ちのざわめきだった。
角のパン屋の前には、
朝から長い列ができていた。
籠を抱えた女たち、
眠そうな子ども、
肩を落とした老人。
皆、無言で順番を待っている。
店先の札には、
昨日よりさらに高い値段が書き直されていた。
炭で乱暴に上塗りされた数字が、
何度も更新されてきたことを物語っている。
「また上がったのか……」
列の後ろで男が呻く。
「明日には買えなくなるぞ」
誰も否定しない。
それが冗談ではないと知っているからだ。
壁際では、
痩せた子どもが母親の袖を引いていた。
「まだ?」
「もう少し待ちな」
母親は笑おうとしたが、
その頬はこけ、
目の下には濃い影が落ちていた。
少し先では、
荷車を止めた商人たちが空の荷台を囲み、
苛立たしげに空を仰いでいる。
届くはずの荷が来ない。
来ても回されない。
そんな日が続いているのだろう。
通りの出口では、
警備兵と住民が言い争っていた。
「今日はここまでだ、下がれ!」
「まだ列に並んでねぇ!」
「命令だ!」
押し返され、
女が転びそうになる。
それを見ても、
兵は顔色ひとつ変えなかった。
レティシアは足を止めた。
ついさっきまで見ていた中央通りと、
同じ王都の中とは思えない。
豪奢な馬車が走る道から、
ほんの一本入っただけで、
ここまで景色が変わるのか。
パン屋の奥から、
小麦粉まみれの商人が吐き捨てるように言った。
「今日も小麦が来ねぇ」
すると店の女主人が、
焼き窯の前で鼻を鳴らす。
「来てるわよ」
彼女は手を止めず、
低い声で続けた。
「貴族街にな」
列の空気が凍る。
誰も大声では同意しない。
だが誰も驚いてもいなかった。
知っているのだ。
物が無いのではない。
自分たちの所へ回ってこないだけだと。
レティシアの視界に、
細い流線が浮かぶ。
荷車の進路、
倉庫の蓄積、
区画ごとの分配率。
見えないはずの流れが、
中央区画へ偏って吸い上げられていく。
(……足りてないんじゃない)
彼女は静かに息を呑む。
(届いてない)
不足ではない。
遮断だ。
誰かが途中で止め、
選び、
優先順位を決めている。
前巻で見た神殿の制御格子に似ていた。
ただし今度は、
もっと泥臭く、
もっと人間的な形で。