悪役令嬢は世界のバグを修正する
王都西側、
物流門と呼ばれる巨大な搬入口は、
本来ならこの都の血管だった。
地方から届く穀物、
野菜、
家畜、
木材、
鉱石。
王国中の物資がここを通り、
市場へ、
工房へ、
兵舎へ、
人々の暮らしへ流れ込む。
そのはずだった。
今、門前にあるのは流れではなく、
停滞だった。
何十台もの荷車が列をなし、
石畳の上で動きを止めている。
前方が詰まり、
後方からさらに荷車が押し寄せ、
長い蛇のように列が続いていた。
御者たちは苛立ち、
手綱を乱暴に引く。
馬は鼻息を荒くし、
泡立った口元を揺らしている。
荷台の陰では商人たちが腕を組み、
役人窓口を睨みつけていた。
門の内側では、
検査机がいくつも並べられている。
だが処理は異様に遅い。
一台進むたび、
何台ものため息が漏れた。
「次!」
役人が気だるげに声を張る。
商人が書類束を差し出す。
「地方発行通行証です。昨日から待ってる」
役人は紙をめくり、
鼻で笑った。
「王都通行許可が別に必要だ」
「もう出してる!」
「中継証明も足りん」
「昨日は要らねぇって言っただろ!」
「今日は要る」
怒鳴り声が上がる。
だが列の誰も驚かない。
それが日常になっているからだ。
別の机では、
税査定官が荷台の樽を叩いていた。
「内容物再分類だ。税率が変わる」
「昨日まで保存食扱いだったろ!」
「今日から嗜好品だ」
「ふざけるな!」
その横では、
豪奢な紋章入りの荷車だけが、
検査もなく門内へ通されていく。
金縁の幕、
磨かれた車輪、
貴族家の印章。
列の商人たちは黙ってそれを見送った。
怒りより先に、
諦めが染みついている。
荷台の野菜から、
酸っぱい匂いが漂っていた。
籠の底で潰れた果実が汁を流し、
青かった葉物はすでにしおれている。
遠路運ばれてきた命が、
門前で腐っていく。
カイルは列の端に立ち、
無言で掲示板を見上げていた。
そこには細かな文字で、
本日の規定変更がびっしり貼られている。
通行税。
入城税。
市場接続税。
保管待機料。
臨時治安負担金。
さらに中継許可制の更新手数料。
倉庫利用料も先月比で大幅値上げ。
「どうだ」
後ろから主任が声をかける。
カイルは視線を外さない。
「通行税三重徴収」
「中継許可制で足止め」
「待たせた上で倉庫料吊り上げ」
指で紙面を叩き、
吐き捨てるように言った。
「……わざと遅くしてる」
レティシアが振り向く。
「わざと?」
「ああ」
彼は門前の列を顎で示した。
「物が早く着けば値段は下がる」
「待たせれば不足感が出る」
「不足すりゃ値段は上がる」
「その間、倉庫持ってる奴が儲かる」
彼女の視界に、
物資の流線が浮かぶ。
本来なら門を通り、
街へ広がるはずの線。
それが何度もせき止められ、
太い淀みとなって一部倉庫へ吸い込まれていた。
前巻で見た制御格子に似ている。
ただしこれは魔術ではない。
印章、
規則、
税、
手続き。
人間が作った、
もっと見えにくい拘束だった。
門の向こうでは、
王都の塔が陽光を浴びて輝いている。
その足元で、
国の血流は静かに詰まり始めていた。